最終更新日:2020年3月12日

自然災害伝承碑の取組(中部地測)

自然災害伝承碑のウェブ地図「地理院地図」での掲載を進めています

 国土地理院では、新たな地図記号「自然災害伝承碑」を制定し、地形図等に掲載する取組を行っており、令和元年6月19日からウェブ地図サービス「地理院地図」に掲載を始めています。その後も公開準備が整った自然災害伝承碑について順次追加公開しています。令和2年3月12日時点で、全国で156市区町村・507基の自然災害伝承碑を掲載しています。
 中部地方測量部においても、中部管内(愛知、岐阜、三重、静岡の4県)の自然災害伝承碑について、碑が設置されている市町村からの申請に基づき、掲載しています。令和2年3月12日時点で、中部管内12市町の計63基の自然災害伝承碑を掲載しています。令和2年3月1日には愛知県名古屋市の1基の碑が、また、3月12日は三重県熊野市の18基の碑が新たに追加されました。このページでは、これらの伝承碑の一部について紹介しています。
 なお、自然災害伝承碑のうち、伊勢湾台風に関する自然災害伝承碑については、特設ページ「伊勢湾台風に関する自然災害伝承碑を紹介するウェブページ」を別途作成し、伊勢湾台風が襲来してから60年となる令和元年9月から公開しています。この特設ページでは、6市町村、29基の伊勢湾台風に関する自然災害伝承碑について、碑文の内容などを紹介しています。こちらもぜひご覧ください。
 中部地方測量部では、今後も地元市町村の協力を得ながら、自然災害伝承碑の掲載を行います。

伊勢湾台風関連の自然災害伝承碑

 伊勢湾北部沿岸地域には、昭和34年(1959年)の伊勢湾台風に関する自然災害伝承碑が多く存在しています。伊勢湾台風60年に当たり、地元市町村より申請のあった碑の一部を紹介する特設ページを公開しています。このページでは、既に6月に公開している三重県木曽岬町の自然災害伝承碑に加え、新たに愛知県名古屋市(10基)、刈谷市(1基)、弥富市(5基)、飛島村(1基)、三重県桑名市(11基)の碑を掲載し、全体で6市町村29基の碑について、それぞれの碑の名称のほか、建立年、碑文等の内容を紹介しています。ぜひ、ご覧ください。
 伊勢湾台風関連の自然災害伝承碑(https://www.gsi.go.jp/chubu/denshouhi_isewan.html

新着情報:令和2年3月に追加掲載した碑(三重県熊野市、愛知県名古屋市)

 三重県熊野市から新たに申請をいただき、令和2年3月12日に熊野市内にある「東南海大地震津波到達地点」など計18基の自然災害伝承碑を掲載しました。三重県南部に設置されている碑としては、初めての掲載となります。
  • 熊野市甫母(ほぼ)町にある「東南海大地震津波到達地点」は、昭和19年(1944年)12月7日に発生した東南海地震による熊野市甫母町の津波到達地点を示す碑で、昭和55年(1980年)の防災の日に建立されました。甫母ではこの津波で家屋の床上浸水12戸の被害が発生しました。
  • 熊野市二木島里町の町民会館裏には、東南海地震による津波到達地点を示す碑「東南海大地震津波到達地点」が設置されています。この津波で、二木島湾内では7.1mの波高が測定され、死者5名、流失家屋18戸等の被害が発生しました。
  • 嘉永7年11月4日(1854年12月23日)に発生した安政東海地震による津波は、熊野市二木島湾内では波高が10mを超え、民家が高台の28軒のみ残して壊滅する被害が発生しました。「二木島の津浪地蔵」は地蔵を模した自然石で、津波到達地点に建てられています。
  • 東南海地震の大津波が旧荒坂村を襲いましたが、下校しようとしていた荒坂国民学校の児童生徒のもとに町民数名が駆けつけ、直ちに高台へ避難させました。熊野市二木島町にある「二木島の津波の碑」には、「津波が来る 子どもを逃がせ」の文字が刻まれています。碑のすぐ横には津波到達地点を示す碑があります。
「東南海大地震津波到達地点」(三重県熊野市) 「東南海大地震津波到達地点」(三重県熊野市) 「二木島の津浪地蔵」(三重県熊野市) 「二木島の津波の碑」(三重県熊野市)
「東南海大地震津波到達地点」(三重県熊野市) 「東南海大地震津波到達地点」(三重県熊野市) 「二木島の津浪地蔵」(三重県熊野市) 「二木島の津波の碑」(三重県熊野市)
  • 熊野市二木島町の消防団荒坂分団倉庫前にある「東南海大地震の記」には、昭和19年(1944年)12月7日午後1時35分に熊野灘海底を震源とする昭和東南海地震が発生し、津波がおしよせたことが記されています。
  • この「東南海大地震津波到達地点」も、熊野市二木島町にある碑で、東南海地震による津波到達地点を示すものです。昭和55年(1980年)の防災の日に建立されました。
  • 宝永4年10月4日(1707年10月28日)の大地震・津波以来150年経って、嘉永7年11月4日(1854年12月23日)に安政東海地震が発生し、津波が約5m上がりました。「遊木の津浪供養碑」には、今後、大地震の時には津波があると考え、最初は平地に出て、揺れおわりしだい高い所に逃げることが記されています。
  • 熊野市遊木町にある「東南海大地震津波到達地点」は、昭和19年(1944年)の東南海地震による熊野市遊木町の遊木川沿いの津波到達地点を示す碑です。この津波で、遊木では床上浸水80戸の被害が発生しました。
「東南海大地震の記」(三重県熊野市) 「東南海大地震津波到達地点」(三重県熊野市) 「遊木の津浪供養碑」(三重県熊野市) 「東南海大地震津波到達地点」(三重県熊野市)
「東南海大地震の記」(三重県熊野市) 「東南海大地震津波到達地点」(三重県熊野市) 「遊木の津浪供養碑」(三重県熊野市) 「東南海大地震津波到達地点」(三重県熊野市)
  • 「東南海大地震津波到達地点」は、昭和19年(1944)12月7日に発生した東南海地震による熊野市新鹿(あたしか)町の湊川沿いの津波到達地点を示す碑で、昭和56年(1981)の防災の日に建立されました。
  • 昭和19年(1944年)12月7日午後1時35分に発生した熊野灘を震源とする昭和東南海地震により津波がおしよせました。「東南海大地震の記」には被害の様子が記されています。
  • 嘉永7年11月4日(1854年12月23日)に発生した安政東海地震による津波で、新鹿(あたしか)では家屋が多数流され、多くの死者が出ました。高さ約9mの津波が里川を遡上し、「津浪留」まで押し寄せました。
  • 「東南海大地震津波到達地点」は、東南海地震による熊野市新鹿(あたしか)町の里川沿いの津波到達地点を示す碑です。新鹿では死者行方不明者16名、家屋の流失倒壊151戸等の被害が発生しました。
「東南海大地震津波到達地点」(三重県熊野市) 「東南海大地震の記」(三重県熊野市) 「津浪留」(三重県熊野市) 「東南海大地震津波到達地点」(三重県熊野市)
「東南海大地震津波到達地点」(三重県熊野市) 「東南海大地震の記」(三重県熊野市) 「津浪留」(三重県熊野市) 「東南海大地震津波到達地点」(三重県熊野市)
  • 「津浪の記」には、「大地震の時は先ず海に耳目を向けてください くれぐれも」と刻まれています。すぐ横には平成4年(1992年)に建立された津波の水位を示す碑があります。
  • 宝永4年10月4日(1707年10月28日)に発生したM8.4(推定)の宝永地震により津波が押し寄せ、午後10時にこの「宝永地震津浪の記」の碑のある場所の下部の溝まで到達しました。この津波で新鹿では24名が亡くなりました。
  • 「東南海大地震津波到達地点」は、東南海地震による熊野市磯崎町磯崎漁港南側の津波到達地点を示す碑です。熊野灘沿岸では、地震発生後10~20分後に津波の第一波が到達し、大部分の区域で波高が5~6m、部分的には10mに達しました。
  • 昭和19年(1944年)の東南海地震による熊野市大泊町の津波到達地点を示す「東南海大地震津波到達地点」は、昭和56年(1981年)の防災の日に建立されました。大泊町では家屋27戸が浸水し、大泊橋が流失しました。
「津浪の記」(三重県熊野市) 「宝永地震津浪の記」(三重県熊野市) 「東南海大地震津波到達地点」(三重県熊野市) 「東南海大地震津波到達地点」(三重県熊野市)
「津浪の記」(三重県熊野市) 「宝永地震津浪の記」(三重県熊野市) 「東南海大地震津波到達地点」(三重県熊野市) 「東南海大地震津波到達地点」(三重県熊野市)
  • 平成23年(2011年)9月の台風12号による紀伊半島豪雨(紀伊半島大水害)では、熊野市では幸いにも死者は出なかったものの、多くの民家が浸水し、地域住民が避難生活を余儀なくされました。熊野市紀和町小船にある「平成23年9月台風12号浸水地点」には、当時の浸水深を示す矢印が記されています。
  • 熊野市紀和町和気にある「平成23年9月台風12号浸水地点」も、平成23年(2011年)9月の台風12号による紀伊半島豪雨(紀伊半島大水害)の際の浸水深を示す矢印が記されています。
(2020.3.23  熊野市の2基の「平成23年9月台風12号浸水地点」について、地図上の表示位置が誤っていたため修正しました。関係者の皆様にはご迷惑をおかけしました。申し訳ありません。)
「平成23年9月台風12号浸水地点」(三重県熊野市) 「平成23年9月台風12号浸水地点」(三重県熊野市)
「東南海大地震津波到達地点」(三重県熊野市) 「平成23年9月台風12号浸水地点」(三重県熊野市)
 また、愛知県名古屋市から新たに申請をいただき、令和2年3月1日に名古屋市西区にある「東海豪雨水害之碑」を追加掲載しました。これまで名古屋市内の自然災害伝承碑として10基の伊勢湾台風関連の碑が掲載されていましたが、東海豪雨に関する碑の掲載は今回が初めてです。
  • 平成12年(2000年)9月11日から12日にかけて発生した「東海豪雨」により、新川では左岸堤防が決壊し、全半壊88棟、床上浸水5,293棟などの甚大な被害が発生しました。「東海豪雨水害之碑」は、発生翌年の平成13年(2001年)に設置されました。
「東海豪雨水害之碑」(愛知県名古屋市)
「東海豪雨水害之碑」(愛知県名古屋市)

その他、掲載中の碑

  • 「天心白菊の塔」は、昭和43年(1968年)8月17日~18日に発生した集中豪雨により発生した土石流により、白川町の国道41号において2台の観光バスが飛騨川に転落し、乗員乗客104名が犠牲となった「飛騨川バス転落事故」の犠牲者を慰霊するために設置された碑です。
  • 「伊勢湾台風締切記念碑(源緑輪中)」は、昭和34年(1959年)9月26日の伊勢湾台風による高潮等により木曽岬町では300名を超える方が亡くなりましたが、この大惨害を記録し犠牲者の霊を慰めるため、堤防決壊箇所の最後の締切場所に設置された碑です。
  • 「激甚災害対策特別緊急事業完成記念碑」は、昭和57年(1982年)9月12日に焼津市を直撃した台風18号により、焼津市内の瀬戸川右岸が決壊し、2,800戸が浸水する甚大な被害を受けたことを示す碑です。
「天心白菊の塔」(岐阜県白川町)
「伊勢湾台風締切記念碑(源緑輪中)(三重県木曽岬町)
「激甚災害対策特別緊急事業完成記念碑」(静岡県焼津市)
「天心白菊の塔」(岐阜県白川町)
「伊勢湾台風締切記念碑(源緑輪中)」(三重県木曽岬町)
「激甚災害対策特別緊急事業完成記念碑」(静岡県焼津市)

  • 「今福堤防決壊の碑」は、明治29年(1896年)の7月と9月の2回にわたって洪水により破堤した場所を示す碑です。この破堤により、大垣市の広い地域が浸水しました。
  • 「明治29年大洪水点」は、大垣城内にある碑で、明治29年(1896年)の大水害で浸水したことを示す碑です。
「今福堤防決壊の碑」(岐阜県大垣市)
「明治29年大洪水点」(岐阜県大垣市)
「今福堤防決壊の碑」(岐阜県大垣市)
「明治29年大洪水点」(岐阜県大垣市)

  • 安政元年11月4日(1854年12月23日)に発生した安政東海地震により、駿河国大岡村(現沼津市大岡南小林)で土地が陥没し、住家12戸が埋没しました。「震災追弔の碑」は、ここで亡くなった9名を慰霊する碑です。
  • 昭和49年(1974年)7月8日未明、通称七夕豪雨により沼津市獅子浜地区の住宅の裏山(上の山)で土砂崩れが発生し、住宅3棟が全壊、4名が亡くなりました。「七夕豪雨慰霊の碑」は、その犠牲者を慰霊するために設置された碑です。
  • 「妙法 横難死亡供養 霊塔」は、沼津市内浦長浜の住本寺の参道にある碑です。寛延4年(1751年)6月26日に伊豆地方を襲った豪雨により、住本寺の裏山が崩れ、住職や村人32名が犠牲となりました。
  • 「洪水紀念表」は、寛政3年(1791年)8月、安政6年7月25日(1859年)、明治23年(1890年)8月23日、明治40年(1907年)8月24日に発生した大水害の状況を記録する碑です。碑は元は狩野川の水際にあったもので、左右には目盛りが刻まれています。
「震災追弔の碑」(静岡県沼津市)
「七夕豪雨慰霊の碑」(静岡県沼津市)
「妙法 横難死亡供養 霊塔」(静岡県沼津市)
「洪水紀念表」(静岡県沼津市)
「震災追弔の碑」(静岡県沼津市)
「七夕豪雨慰霊の碑」(静岡県沼津市)
「妙法 横難死亡供養 霊塔」(静岡県沼津市)
「洪水紀念表」(静岡県沼津市)

  • 「昭和十三年戌寅年大洪水記念之碑」は、昭和13年(1938年)6月29日、台風による大雨によって戸田村戸田地区(現沼津市戸田)の大川の堤防が決壊し、多数の家屋が浸水し、水田約65haが冠水したことが記録されている碑です。
  • 「昭和十三年十六年大水害復旧記念碑」は、昭和13年(1938年)及び昭和16年(1941年)に戸田村戸田地区(現沼津市戸田)で発生した水害からの復旧を記念して設置された碑です。
  • 昭和36年(1961年)6月28日、梅雨前線による集中豪雨で戸田村戸田地区(現沼津市戸田)の大川が氾濫し、当時の村約半分の世帯が浸水しました。「災害復興記念碑」は、その水害からの復旧記念碑です。
 なお、「昭和十三年戌寅年大洪水記念之碑」「昭和十三年十六年大水害復旧記念碑」「災害復興記念碑」の3つの碑は、同じ場所に並んで設置されています。
「昭和十三年戌寅年大洪水記念之碑」(静岡県沼津市)
「昭和十三年十六年大水害復旧記念碑」(静岡県沼津市)
「災害復興記念碑」(静岡県沼津市)
「昭和十三年戌寅年大洪水記念之碑」(静岡県沼津市)
「昭和十三年十六年大水害復旧記念碑」」(静岡県沼津市)
「災害復興記念碑」(静岡県沼津市)

  • 昭和20年(1945年)1月13日未明に発生した三河地震により、和泉区内では400余戸のうち300余戸が倒壊し、83名が亡くなりました。当時は太平洋戦争の最中であり、空爆のため火葬することができませんでした。「震災死歿者精霊碑」は、その犠牲者を埋葬した場所に設置されています。
  • 昭和20年(1945年)1月13日の三河地震では、山新田組60数余戸の家屋はほとんどが倒壊し、26名の尊い遭難者を出しました。「震災遭難之碑」には「遭難者の尊い犠牲に依り今日迄生を長えた事に関し深く感謝して遭難者の霊を慰める可く」と記されています。
  • 昭和19年(1944年)12月7日の昭和東南海地震では、住宅全壊89戸、死者1名の被害が生じ、また、翌20年(1945年)1月13日の三河地震では、住宅全半壊521戸、死者155名に達しました。「震災記念碑」は、その状況が記されています。
  • 「三河地震追憶之碑」は、昭和20年(1945年)1月13日未明に発生した三河地震により、藤井住民の尊い生命財産を奪い、住宅全半壊176棟、死者77名を出した状況が記されています。
「震災死歿者精霊碑」(愛知県安城市)
「震災遭難之碑」(愛知県安城市)
「震災記念碑」(愛知県安城市)
「三河地震追憶之碑」(愛知県安城市)
「震災死歿者精霊碑」(愛知県安城市)
「震災遭難之碑」(愛知県安城市)
「震災記念碑」(愛知県安城市)
「三河地震追憶之碑」(愛知県安城市)

 この他にも中部地区の各地には、東南海地震(昭和19年)、狩野川台風(昭和33年)、伊勢湾台風(昭和34年)など、過去に発生した多くの自然災害に関わる伝承碑が設置されています。自然災害伝承碑の掲載は、地元市町村からの申請に基づいて行われることから、現在中部地方測量部では、中部地方整備局や各県など関係各機関にもご協力をいただきながら、伝承碑が設置されている市町村と調整を続けており、今後も準備が整い次第、順次掲載する予定です。

アクセス方法

 これらの自然災害伝承碑を表示したページは、以下の各リンクからアクセスできます。
(令和2年3月12日追加公開分)
(2020.3.26  熊野市の2基の「平成23年9月台風12号浸水地点」について、地図上の表示位置が誤っていたため修正しました。関係者の皆様にはご迷惑をおかけしました。申し訳ありません。)


(以前の公開分)
 なお、自然災害伝承碑の情報は、国土地理院のウェブ地図サービス「地理院地図」に掲載されている様々なコンテンツの1つとして整備されています。このため、国土地理院の地図や空中写真のほか、様々な情報と重ね合わせて表示することができます。地理院地図における操作(表示)方法などについては、国土地理院の「自然災害伝承碑の取組」のページをご覧ください。

2万5千分1地形図への反映

 令和元年9月1日から、新たな地図記号「自然災害伝承碑」が掲載された2万5千分1地形図が刊行されています。中部管内では、2万5千分1地形図「河岐」(かわまた)の中に、初めて自然災害伝承碑が記載されました。岐阜県白川町にある「天心白菊の塔」が掲載されています。

自然災害伝承碑の入った地形図のイメージ

市町村のみなさまへ

 国土地理院では、自然災害伝承碑の取組を行っていますが、地図等への伝承碑の掲載は、地元市町村からの申請により行われます。それぞれの市町村に設置されている伝承碑の掲載を希望される地方公共団体の関係者の方は、ぜひお問い合わせください。
 申請にあたっては、申請書類等の必要な書類を準備していただくことになります。詳しくは、国土地理院の「自然災害伝承碑の取組」のページをご覧ください。
 また、中部地方測量部では、この取組を紹介するチラシを作成しております。こちらもご覧ください。申請書類の作成の際は、お手伝いもさせていただきます。中部4県(岐阜、静岡、愛知、三重)の地方公共団体の方で、掲載の申請をされる方、申請をお考えの方は、下記までお問い合わせください。申請方法など、ご不明な点がございましたら、いつでもご相談に応じます。
あなたの街の自然災害伝承碑を地図に載せてみませんか?

お問い合わせ先

 中部4県(愛知、岐阜、三重、静岡)の自然災害伝承碑の取組に関するお問い合わせは、国土地理院中部地方測量部防災グループまでお願いします。 メールアドレス:gsi-bosai-cb=gxb.mlit.go.jp (=を@にしてください)

参考情報(リンク)

北海道南西沖地震の「自然災害伝承碑」を地図で公開 (令和元年7月11日 国土地理院(本院)報道発表資料)
先人が伝える災害の教訓「自然災害伝承碑」を地図で発信 (令和元年6月19日 国土地理院(本院)報道発表資料)
「自然災害伝承碑」の代表事例(PDF形式:335KB) (令和元年6月19日 国土地理院(本院)報道発表資料 資料2)
今回公開する「自然災害伝承碑」の都道府県別資料(PDF形式:104KB) (令和元年6月19日 国土地理院(本院)報道発表資料 資料3)