干渉合成開口レーダーを使用した平成7年兵庫県南部地震による地殻変動の検出

Detection of Crustal Deformations Associated with the 1995 Hyogoken-Nanbu Earthquake by Interferometoric SAR

測地部 村上 亮・藤原 智・斉藤 隆
Geodetic Department Makoto MURAKAMI,
Satoshi FUJIWARA, Takashi SAITO

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要旨

宇宙開発事業団が打ち上げた地球資源衛星「ふよう1号」に搭載された合成開口レーダーにより平成7年兵庫県南部地震の前後での繰り返し観測を行い,地震による地殻変動を面的に捕らえることに成功した。

 目次
主な図
 口絵-1 干渉合成開口レーダーによって画像化された,平成7年兵庫県南部地震による地殻変動 (83k)
  図-1 SARによるマイクロ波の反射強度分布の例:ふよう1号による1995年2月6日の神戸周辺の画像 (79k)
  図-2 干渉SARの原理図 (13k)
  図-3 ふよう1号の概念図 (9k)
1.はじめに
2.合成開口レーダーによる地殻変動検出手法
  (1)合成開口レーダーとは
  (2)干渉SAR
  (3)地球資源衛星「ふよう1号」(JERS-1)のデータを利用した干渉SAR
3.兵庫県南部地震による地殻変動の検出
4.おわりに
参考文献

1.はじめに

平成7年1月17日に発生した平成7年兵庫県南部地震は,人的にも,物的にも大きな被害をもたらした。こうした地震は地下の断層運動によって引き起こされており,断層運動自体は目で見ることはできないが,地表では地殻変動として観測される。地殻変動の観測は地震の発生機構を調べ,今後の地震予知研究に役立てるためにも欠かせない。従来の地殻変動の観測は,三角点および水準点での測地測量や歪み計や伸縮計などによる観測が主体である。最近ではGPSの連続観測により,地殻変動の時間変化を詳細に求めることができるようになったが,地殻変動の空間的分布については,観測点上のみの離散的データしか得られない。観測点を密に分布させることにより,空間的分布についても詳細に得られるようにはなるが,費用や労力の点で限界が存在する。
 最近,地殻変動を観測するための新しい技術が,また一つ誕生した。それは,衛星または航空機に搭載した合成開口レーダーによる地殻変動観測技術である。この方法によれば,地表に特別な観測点を設けなくても,地殻変動を面的にとらえることができ,地殻変動の空間分布が詳しく測定できる画期的な技術である。本稿では,この新しい手法を使用した兵庫県南部地震による地殻変動検出について報告する。

2.合成開口レーダーによる地殻変動検出手法

(1)合成開口レーダーとは

 合成開口レーダー(Synthetic Aperture Radar:SAR)は,対象物に直接接触することなく,計測を実施するリモートセンシング技術の一種である。その名の通り,マイクロ波のレーダーを対象物に照射し,その反射波を解析することにより,対象物の起伏や構造を明らかにするものである。
 レーダーで観測する場合,いかに細かい対象物を判別するかの分解能が問題となる。分解能を向上させるためには,レーダーのアンテナの指向性を絞って細いビームを照射すればよい。しかし,実際に人工衛星からレーダーを照射して,地上の10mあるいはそれ以上の分解能を達成するに十分なほどアンテナの指向性を高めるためには,アンテナの大きさ「開口」が機構的に1kmを越えてしまい,衛星に搭載するセンサーとしては非現実的な大きさとなってしまう。そこで,飛翔体が移動しながらマイクロ波を送受信したり,信号処理を工夫したりすることで,大きな開口を持ったアンテナの場合と等価な画像が得られるように人工的に「合成」するのが「合成開口レーダー:SAR」と呼ばれる技術である。SARでは,飛翔体の軌道に直行する方向の分解能を向上させる目的で発信周波数を変調するパルス圧縮技術を,また,軌道に平行な方向の分解能を高めるために軌道上で仮想的に大きなアンテナを構成する合成開口技術を用いる。この二つの処理を行うことによって,地上に格子状のメッシュが構成され,その一つ一つの画素(ピクセル,場合によるが通常は20m× 20m程度の大きさ)毎に反射波の強度(図-1:79k)と位相が測定される。
 SARは衛星や航空機などの飛翔体から地上を観測し,地表の起伏や構造物等をイメージ化するために利用される。そこで,SARは地上からの反射波の強弱を画像化して,土地の起伏や土地利用など,地表の様子を調査することを目的としている。マイクロ波は雲などを通過するので,航空写真と違って天候に左右されることなく観測ができ,資源探査その他の分野での利用が広く期待されている。また,光学センサーと違い,マイクロ波を自ら送信するという能動的センサーであるために,目的に最適なパラメーター(波長など)を選択することができる。

(2)干渉SAR

 SARでは,地上の対象物からの反射波の強度に加えて位相情報を得ることができる。この位相にはアンテナから地表までの距離の情報が含まれている。これを利用して高精度に土地の起伏(標高)や,地殻変動を測定する干渉SAR技術が開発された。この手法の実現性については早くから指摘されており,NASAのジェット推進研究所(JPL)において,SEASAT(1978年打ち上げ)等のデータを用いた先駆的な実験が行われた結果,有効性が実証された。しかしながら,当時は,利用できるデータが限られていたため広く普及するまでには至らなかった。ところが,最近になって,SARを装備した航空機や衛星が次々と実用化され,実際にSARの位相情報を利用した研究成果が発表されている。特に,1992年カリフォルニア・ランダース地震に伴う地殻変動の様子をヨーロッパのERS-1を使用して明らかにした,Massonnet等やZebker等(Massonnet et al. 1993, 1994およびZebker et al. 1993)の業績によって,この手法がにわかに注目された。
 位相はアンテナと地表の間の距離をマイクロ波の波長で割ったときの端数(あまり)である。整数分まで含んだ波数の全体ではなく,端数分しか解らないので,このままでは情報として利用が難しいが,地上の同一の場所に対して,2回のレーダー観測を実施し,それらの差をとることによって,この位相情報を利用することが可能となる。これが干渉SAR技術である。
 図-2(13k)に干渉SARの概念図を示す。この図で明らかなように,干渉SARを実施するためには2回の観測が必要である。人工衛星を利用する場合は,ほぼ同一の軌道を飛行した異なる時期の観測が利用される。こうして,2つの観測の差をとることによって,位相情報を地殻変動量検出に利用する。
 SARデータを用いて地殻変動を画像化しようとするわけであるが,干渉させた画像に直ちに地殻変動が現れるわけではない。それは,2つの観測の位相の差は,地殻変動によるものだけではないからである。Masson net et al.(1993)の分類によれば,衛星による干渉合成開口画像には地殻変動の他に,


 

 (a)利用した2つの軌道が完全に同一でないことから生じる,規則的な縞模様
 (b)地上の対象物の標高を反映する,等高線状の縞模様

 

が存在する。したがって,地殻変動を検出するためには,生の干渉画像から,これらの縞模様を除去する必要がある。(a)に関しては,軌道情報と地上のターゲットの位置から厳密にパターンが再現できるので,これを利用して補正する。また,(b)についても,対象となっている地表のデジタル標高データがあれば,幾何学を考慮した理論的な計算によって補正が可能である。日本では,国土地理院の250mメッシュの標高データが全国をカバーしており,さらに詳細な50mメッシュの標高データが利用できる地域が増えつつある。
 ところが,一般に衛星の軌道情報は,無視できない誤差を持っていることが多く,(a)を確実に除去するためには,さまざまなノウハウがある。さらに,これら以外にも,大気中の屈折率の違いによる電波伝搬の行路差,植生の変化,含水率による反射波の位相変化などによって,誤差が生ずることが知られており,これらは今後詳しく検討すべき課題である。

 

(3)地球資源衛星「ふよう1号」(JERS-1)のデータを利用した干渉SAR

 

 SARが成立するためには,レーダーを搭載した飛翔体が一直線上を運動することが必要である。人工衛星では,その条件が十分満たされている。通産省と宇宙開発事業団が1992年に打ち上げた,国産の地球資源衛星「ふよう1号」(図-3:9k)の場合,軌道高度は約568kmであり,軌道上の運動は直線的とみなすことができる。ふよう1号では,波長23.5cmのLバンドのマイクロ波を伏角55度で被撮影地の東方より送信・受信している。Lバンドのマイクロ波は植生に対する透過性が強く,地面を直接観測していると考えられるために,より短い波長を利用するヨーロッパやカナダの衛星に比べて日本のような植生が多い地域についても有効性が高い。なお,データは地上の約75km四方を1単位として提供される。ふよう1号は44日ごとに同一地点上を飛行するので,時期の異なった2つの画像の干渉処理を行い,地殻変動を求める。
 国土地理院では,宇宙開発事業団と衛星を利用した地球観測に関する共同研究を開始し,ふよう1号のSA Rが撮影した画像を同事業団と共同で解析している。この研究によって,これまでに,アメリカのカリフォルニア州ノースリッジ地震に伴って発生した地殻変動を検出している(Murakami et al,1995)。

 

3.兵庫県南部地震による地殻変動の検出

 1995年1月17日に淡路島および神戸市周辺に壊滅的な被害をもたらした兵庫県南部地震について,ふよう1号のデータ処理を行い口絵-1(83k)を得た(神戸北方内陸部に直線状のノイズがはいっている)。これは,地震前のSARデータとして1992年9月9日の画像,地震後として1995年2月6日の画像を使用して得られた地形変化情報である。ここでは,図中の色がたとえば,赤→黄→緑→青→赤(青→青,黄→黄など,どの色でも同じ)と,はじめと同じ色に変化するまで一周変化する毎に,地上と衛星の間の距離が11.75cm(マイクロ波の半波長)変化したことを示している。したがって,同じ色の場所は,ちょうど11.75cmの整数倍の距離変化差をお互いに持っている。砂をまいたように様々な色がばらついているのは,地震前後でよい干渉が得られなかった場所である。この図から分かるのはあくまで衛星と地表との直線距離の変化であり,これは一般に上下成分や水平成分の地殻変動が重なった結果生じるものであるので,単純に上下変動と水平変動に分離することはできない。この縞が狭い範囲内に密集している場所ほど大きな地殻変動が生じている地域である。この縞は,神戸市の海岸沿いにかけて明瞭に現れており,今回の地震では神戸市に大きな地殻変動が発生していることが確認できる。この図は,予備的な解析結果であるが,以下のような特徴があることがわかる。

 

(a)神戸市須磨区から東灘区にかけて幅数km長さ20kmほどの帯状の地殻変動が見られる。これは,海岸とほぼ並行しており,海岸側ほど衛星から遠ざかる変化であり,断層の右横ずれ運動によるものと説明できる。東側はやや不明瞭であるが,変動の方向が東北東から北東に変化しているように見受けられる。
(b)神戸市垂水区では上記(a)と逆に海岸側ほど衛星に近づく変動が見られる。ちょうど垂水区と須磨区の境では(a)と(b)の変化が不連続になっており,水準測量で観測された段差と一致している。
(c)(a)のほぼ中央の神戸市中央区あたりに,直径約1kmの変化が見られる。原因は不明であるが,沈降などの衛星から遠ざかる変動があったと考えられる。
(d)淡路島では,同心円状の変動が野島断層を中心とした地域に見られ,野島断層の右横ずれおよび南東側隆起によるものと説明できる。
 

 以上の変化は大きいところでは,数10cmを越えるものである。現在,より正確な地殻変動の全体像を得るために,解析方法を改良しながら解析を進めており,断層運動モデルとの比較などを行う予定である。

 

4.おわりに

 この手法は誕生したばかりであるが,Massonnet等によるランダース地震に伴う断層運動に関する成果や,本稿で紹介した筆者等の結果のように,地殻変動の研究に新しい光をあてるものであり,数10cm程度の地殻変動であれば,我が国のふよう1号のデータを用いて,日本国内でも面的な地殻変動の検出ができることが分かった。
 人工衛星搭載のSARデータを用いてこの手法を利用するためには,地殻変動が発生する前後で撮影された画像が必要である。例えば,ふよう1号は,44日で再び地上の同一場所の上空を飛行するように軌道がコントロールされているため,44日に一回の割合で,世界の,どこの場所でもこの手法を応用して地殻変動の検出を行うことが可能である。
 今回は地震に伴って発生した地殻変動を画像化したが,この手法は地震や火山噴火の前兆として現れる地殻変動の検出にも利用できる。そこで,この手法を取り入れることによって地震予知や火山噴火予知の手法がさらに高度化することが期待できる。また,この手法は氷河等を対象とすることもできるので,地球温暖化によるグローバルな環境変動の研究等にも応用可能であろう。


 本稿で紹介した干渉合成開口レーダー画像は,宇宙開発事業団から,国土地理院と宇宙開発事業団で実施している共同研究の推進のために提供を受けたデータを利用して作成したものである。ここに,関係者に深く謝意を表する。なお,ふよう1号のデータの所有権は通産省および宇宙開発事業団が有している。

参考文献

資源観測解析センター編,合成開口レーダ(SAR)-資源探査のためのリモートセンシング実用シリーズ 5-,資源観測解析センター発行,1992
Massonnet, D., M. Rossi, C. Carmona, F. Adragna, G. Peltzer, K. Feigl and T. Rabaue, The displacement field of the Landers earthquake mapped by radar interferometry, Nature, 364,138-142,1993.
Massonnet, D., K. Feigl, M. Rossi, and F. Adragna, Radar interferometric mapping of deformation in the year after the Landers earthquake, Nature,369,227-230,1994.
Murakami, M, M. Tobita, S. Fujiwara, T. Saito and H. Masaharu, Coseismic Crustal Deformations of 1994 Northridge California Earthquake Detected by Interferometric JERS-1 SAR, received by J. Geophys. Res., 1994.
Zebker, H. A., P. Rosen, R. M. Goldstein, A. Gabriel, andC. L. Werner, On the derivation of coseismic displacement fields using differential radar interferometry:the Landers earthquake, J. Geophys. Res., 99,B10,19617-19634,1994.

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