第一章 測量行政の課題と今後の基本的考え方

1 測量行政の経緯と課題

(1)測量行政の変遷

 測量は、社会経済活動の舞台である土地の利用、開発・保全に必要な基礎的事業であり、国土の総合計画や都市計画、防災、交通、資源開発等の公共事業、企業等の各種の産業活動や国民の生活行動、さらに環境の保全に欠くことのできない自然と土地の状態に関する科学的表現を与えるものである。
 すべての測量の基礎となる国土の基本的な測量は、諸外国においても古くから国家の事業として位置づけられ、国家の発展と安定の基礎とされてきた。
 我が国においても、近代国家の基礎として必要な測量事業は、明治政府によって始められた。事業推進の主体となる政府機関はその後幾多の変遷があったが、明治17年から第二次世界大戦終戦までは陸軍参謀本部(明治21年から同陸地測量部)に一元化され、戦後は、内務省の時期を挟んで昭和23年の建設省設置以降、地理調査所を経て、現在の国土地理院に引き継がれている。
戦後の測量行政は、昭和24年に制定された測量法に基づき実施されている。測量法は、測量の重複の排除と正確さの確保を目的としているが、この目的を達成するため、同法は国土地理院を測量行政の中核的な機関として位置づけている。国土地理院は、すべての測量の基礎となる基本測量を実施し、国土の基本的な地理情報(注)を整備・管理するとともに、各種の測量を調整・指導することにより、国土の開発・保全と安全で豊かな国民生活に寄与している。
 我が国は、戦後未曾有の経済発展を遂げるが、その基礎となった国土の開発・保全、社会資本・産業基盤の整備には測量が不可欠であり、測量行政も我が国の経済発展の礎として重要な役割を果たしてきたといえよう。
(注) 国土の基本的な地理情報
 全国的に整備されたすべての測量の基礎となる地理情報のことであり、これを欠くとそれをもとに進められる各種の応用的な測量に支障を生じる。
 代表的なものとしては、国土地理院が設置した基準点(三角点、水準点等)の位置や高さの情報(基準点情報)及び国土地理院の作成した基本図(2万5千分の1地形図等)があり、そこに表示される等高線、河川、湖沼等の地形道路、鉄道、建物等の地物、行政界等の情報(基本図情報)も含まれる。

(2) 測量行政を取り巻く社会経済情勢

 我が国は地形が複雑かつ急峻で地殻変動が著しく、科学技術が進歩した今日でも、依然として自然災害が多発し、人命・財産に大きな被害が生じている。従来より、国土の測量は反復して実施されてきているが、最新の地理情報を把握することは、国土を管理し、国民の財産と安全を守る観点からますます重要なものとなっている。
 一方、近年、我が国においても社会経済の高度情報化が急速に進展しつつあるが、これに対応し、国土を適正に管理するため、国土の情報面での基盤(情報インフラ)の整備が緊急の課題となっている。
 また、このような社会にあって、国民生活を安全かつ豊かにし、新たな社会経済の発展に資するためには、国土に関する地理情報を国民が容易に知り、利用できるようにすることが必要である。
 近年の汎地球測位システム(GPS)や超長基線電波干渉法(VLBI)に代表される宇宙測地技術などの測量技術の急速な進歩に伴い、高精度かつグローバルに統一された測量成果を得ることができるようになった。地図については、紙地図からディジタル地図情報の時代を迎え、地理情報システム(GIS)の官民をあげた推進が図られている。このように、測量成果とその利用分野の高度化・多様化は著しく、例えば、カーナビゲーションシステムに代表されるようなそれらの技術を統合した形の新たな産業が形成され始めている。
 加えて、戦後50年を経て、国際社会における我が国の占める地位も大きく変化し、地球環境問題や大規模災害への対処など測量・地図に関連する分野においても指導的立場での国際協力が我が国に対し求められている。
このような社会経済情勢の変化とともに、昨今の行財政改革(規制緩和、情報公開、官民の役割分担の見直し、地方分権等)の動きの中で、簡素で効率的な行政の実現が強く求められている。

(3)測量行政の課題

 測量法は、昭和36年に測量業の発達に伴う測量業者の登録制度の導入に関する改正を行った以外は、大きな改正もなく今日に至っている。測量法の制定以来約50年が経過し、測量行政を取り巻く社会経済情勢の変化には著しいものがあるが、現行測量法は必ずしもこのような変化に的確に対応しているとはいえない。
 このため、測量・地図作成で中核的な役割を担っている国土地理院の業務の在り方を含め、以下の課題に取り組み、21世紀に相応しい測量行政、測量制度を早急に構築する必要がある。

 a. 国土の基本的な地理情報の整備・管理における官民の役割分担の見直し
 b. 高度情報化社会におけるディジタル地理情報の公開・流通体制の確立
 c. 民間測量成果の評価方法の確立及び利用の促進
 d. 測量技術者の資格制度の見直し
 e. 国際基準に整合した測量行政の推進

2 今後の測量行政の基本的考え方

 21世紀に相応しい新しい測量行政、測量制度を構築するに当たっては、現在の我が国を巡る社会経済の変革の方向を踏まえて進める必要がある。

(1) 情報化に対応した測量行政

 高度情報化社会において、測量成果等の国土の地理情報は、行政や公共事業の基礎データとして利用されるばかりでなく、産業界や社会生活においても広く利用される情報インフラとして、より重要な役割を担うようになる。したがって、今後の測量行政では、測量成果の利用を一層重視すべきである。
 現在、行政機関の保有する情報の公開に関する法律(情報公開法)の制定準備が進められていることからも明らかなように、国民の行政に対する情報公開の要求はますます強まっている。測量成果については従来からも測量法に基づき、広く一般に公開・提供されているが、今後一層利用者の視点に立ち、簡易迅速な公開・提供を進めるべきである。

(2) 国際化に対応した測量行政

 測量は本質的にグローバルな性格を持つことや、国際社会における我が国の占める地位を踏まえ、国際基準に適合した世界測地系の採用や国際標準化機構(ISO)の場で議論されている地理情報の標準化の動きの的確な反映など、測量行政を国際的視野の中で位置付けることが重要である。また、国際的な課題である地球環境問題に対応するため、地球規模の標準地図(地球地図)の整備を国際的な協力のもとに、積極的に推進する必要がある。

(3) 測量技術の急速な進展に対応した測量行政

 測量法制定以来、技術革新や科学的知見の増大により、現行の測量の基準が、現在の測量技術の水準からみて必ずしも科学的に適切とはいえない状況にある。また、現行の測量法では測量成果のディジタル化などを想定しておらず、測量成果の提供・流通・利用に際して的確に対処できない場合もある。さらに、GISやGPSの出現は、測量行政に新たな課題をもたらした。
 したがって、1)新しい科学的知見に基づいて測量の基準を再構築し、2)ディジタル情報としての測量成果の提供・流通・利用の仕組みを整備し、3)測量技術の進展に対応した品質確保の手法を測量技術者の資格制度の在り方を含めて検討する必要がある。

(4) 行財政改革の動きを踏まえた測量行政

 測量法は、国土地理院を測量・地図に関するインフォメーションセンターとし、すべての重要な測量成果をここに集め、公開し、広く利用させることにより、測量の重複を除くとともに、国土地理院がこれらの測量成果を統一的に審査することにより測量の正確さを確保することとしている。
 一方、近年の測量技術の急速な進展と測量業の発達、公共測量の拡大等により、測量・地図分野における国、地方公共団体、民間の役割に著しい変化が生じているほか、昨今の行財政改革の動きの中で、簡素で効率的な行政の実現が強く求められている。
 このような社会経済情勢を踏まえ、国土地理院の業務についても、地方公共団体又は民間に委ねるべき業務はないか、国の他の関連業務との役割分担は今のままでよいか等の点検が必要である。