1. 「測量」を取り巻く状況

   ~価値観の多様化、技術の発達などの社会の急激な変化の下で、社会の求める「測量」の適用範囲は拡大している~

 

 我が国は、20世紀後半に、国土の開発、社会資本、産業基盤の整備等によって、急速に経済成長を遂げ、便利で快適な生活を実現してきた。特に、国土の開発や社会資本の整備として、道路や鉄道の建設、高層建築物の建設、都市基盤の整備等が進められた。三角点・水準点等の基準点の設置や地図の作成などに代表される測量は、これらの推進に対して不可欠なものとして、重要な役割を果たしてきたところである。

 

 21世紀を迎えたいま、高度成長から安定成長に向かい、都市への集中から地方への分散が進み、自然との共生や心の豊かさが求められるなど、価値観の多様化が進行している。このような多様な価値観の下、我が国は、様々な選択肢の中から未来を選択していく社会へと変化しつつある。一方、電子機器や情報通信技術の発達による情報化の急速な進展は、社会の基層にまで大きな影響を与えている。

 

 このような大きな変化の中で、社会の求める「測量」の領域が広がってきている。すなわち、これまで測量・地図作成において用いられ、あるいはそこから発展してきた技術が適用される領域が広がってきている。より正確に言うならば、空間位置を知り、その位置と結びついた情報を取得して、地図及びデータベースその他の形態で記録し、蓄積するという「測量」の領域が広がってきている。測量行政においては、これまで培ってきた、いわゆる「伝統的な測量」を基礎としつつ、未来選択のための空間情報を取得・提供する「新たな測量」へ展開することが必要となってきている。

 

 このような測量の適用領域の広がりは、測量により1891年濃尾地震に伴う地殻変動が捉えられた事例に見るように、既に19世紀末にその兆しが現れている。また、20世紀末には阪神淡路大震災(1995年兵庫県南部地震)を契機に、電子化された地図をベースとする地理情報システム(GIS)が災害への迅速な対応を行う上で不可欠であるとの認識が広まった。このように、測量の領域は着実にかつ近年急速に広がってきている。

(1)これまでの測量行政

 1)測量の役割について

 

 測量により得られる成果は、地図に代表されるように、国民の諸活動において広汎に利用され、外部効果が極めて高い。それは、自然と土地の状態に関する科学的表現を与え、社会経済活動の舞台である土地の利用、開発、保全に必要な基礎である。そして、国土の総合計画や都市計画の立案、社会資本整備等の公共事業の実施、防災、交通、資源開発等にかかる各種施策の実現、企業等の各種の産業活動や国民の生活行動、さらに環境の保全・復元等のための合意形成に欠くことができないものである。高度情報化社会において、測量は、その成果が国土に関する情報の基盤をなすことから、一層その重要性を増してきている。

 

 我が国の20世紀後半における国土の開発や社会資本の整備を背景とする急速な経済成長には、位置の基準を決定し、その基準に基づいて計測した地形・地物を図面化するという意味での測量が地味ではあるが重要な基盤として存在する。

 

 一方、1891年の濃尾地震後に当時の陸地測量部が実施した測量により地震断層周辺に生じた地殻変動が捉えられたが、このデータが、半世紀を経て、地震発生過程の研究に多大な貢献をすることとなった。測量が単に土地の大きさを測るだけではなく、地震防災の大前提である地震現象の正しい理解を進める有効な手段となることを示した事例である。また、1995年の阪神淡路大震災に際しては、震災復旧時のがれきの搬出などに電子化された地図をベースにしたGISが利用されたが、GISの整備がさらに進んでいたならば、早期の災害状況の把握、震災直後の救援活動の支援等を迅速かつ効率的に進められたであろうとの反省から、GISの災害時における有用性が広く認識されるようになった。

 

 従来の測量にあっても、単に土地の大きさを測るのではなく、位置の基準を決定し、その基準に基づき国土の姿を記録し、かつその変化を調査することで防災などに貢献するという多様性を見ることができる。

 

 2)基本測量事業について

 

 国土の基本的な測量は、諸外国においても古くから国家の事業として位置付けられてきたが、我が国においても「すべての測量の基礎となる測量」を「基本測量」として、国土地理院が行うものとしている(測量法第4条)。また、基本測量が長期的展望に立って継続的、効率的に実施されるよう、「国土交通大臣は、基本測量に関する長期計画を定めなければならない」(同法第12条)と規定されている。この基本測量として、国土地理院が行ってきた、伝統的な測量の主なものは以下のとおりである。

 
・測地基準点の整備
 我が国の各種測量に地球上の正確な位置と高さを与える測地基準点体系(三角点、水準点等)を整備、維持管理し、その成果を提供する。
・基本図と空中写真の整備
 領土管理・国土管理をはじめとする国や地方公共団体の行政から国民一般の利用まで広く用いられる2万5千分の1地形図等を整備、維持管理し、提供する。また、空中写真の撮影を行い、日々刻々変化する国土を記録する。
・地殻変動観測
 国家基準点の測量を継続的に行うことにより、地殻の水平方向の動きや高さの変化を明らかにする。
・地理調査
 防災、環境保全等に必要な基礎的情報を提供するため、国土の自然的、社会的、人文的特性を明らかにする。

 

 これらの基本測量は、我が国の地球上での位置を決定して領土を明示し、加えて国内における土地の測量に統一した基準を与えることで、国民の財産たる土地を守る基盤的役割を担い、さらには、地殻変動の観測や防災、環境保全に必要な基礎情報を収集・提供することで、国民の安全を守る基盤的役割を担っている。

(2)新たな測量の領域

 1)位置を測ることの日常化、大衆化

 

 位置を測ることは、測量の最も基本的な行為であり、かつては国や自治体などの公共的な機関が主として行うものであった。この測量を一定の精度で行うには、特別な知識と技術を必要としてきた。また、緯度・経度を用いて位置を知るには、国土地理院が整備した三角点、水準点等の国家基準点に基づいて測量を実施することが必要であった。このような知識と技術を持たない人々が自分の位置の緯度・経度を知るには、目標となる地物を参照して地図上で位置を計測するほかなかったのである。

 

 しかしながら、GPSに代表される20世紀末における測位技術の進歩により、ある程度の精度であれば即時に位置を知ることができるようになり、カーナビゲーションなどの新たな産業が創出されてきた。さらに、運輸、物流の分野では、車両等の移動体の位置を把握して運行管理するという活用方法が普及しつつある。一方、携帯型の測位システムやこれをGISと繋いで携帯端末上で周辺の地図を表示するシステム、さらにはGPS測位機能の付いた携帯電話などが登場し、娯楽やレジャーなどによる個人の生活の質の向上につながってきている。また、高齢者や障害者を含め、誰もが持つ移動に対する欲求を叶えることができるよう、福祉や社会活動においてもこのようなシステムを活用する動きが既に現れている。

 

 このように、位置を測り、その位置に関連する情報を利用することが様々な場面で日常化、大衆化しつつある。このような状況は20世紀末までは見られなかったものである。

 

 2)地理情報の空間的尺度の拡大

 

 人々の活動や生活ニーズが多様化するに伴い、人々が求める情報も多様化している。地理情報については、地形や地質等の自然地理的な情報はもとより、社会活動を示す人文地理的な情報も重要となってきている。また、従来から国が必要としてきた国土管理のための地理情報に加え、生活空間を歩行者の目で見た尺度での情報から、地域を鳥の目で見た尺度、さらに地球を宇宙飛行士の目で見た尺度での情報まで、様々な空間的尺度で位置に関連する情報が求められている。

 

 カーナビゲーションシステムの普及、運輸・物流分野でのGIS・GPS利用の普及をはじめ、携帯電話での地図配信事業の登場などに見られるように、位置に結びついた情報の利用は生活空間の中に入り込んできている。

 

 一方、地図の電子化の進展により、ユーザーが自己の目的に合わせた地図を簡単に作成できるようになってきた。例えば、行政界だけではなく、流域などの視点からの加工が容易にできる地図があれば、本当に自分が必要な「マイマップ」の作成が可能となる。行政が持つ様々な情報を、個人や市民団体が環境や防災など目的に応じて必要とする地域全体の地図として整理し、その地域の抱える課題をわかりやすく共有することが可能となってきている。これにより、行政と住民の双方向型の行政が行われる状況が生まれつつある。

 

 さらに、環境問題などの国境を越えたグローバルな課題について国際的に連携して対応するために、地球規模での情報共有が求められ、地図はその最も基本的な情報として利用されている。

 

 従来の地図あるいは地理情報の概念を空間的尺度の面で拡げた広義のものであることを強調するため、本報告ではこの広義の地理情報を「空間情報」と呼ぶことにする。

 

 3)情報の時間領域の拡大

 

 高速で低廉な通信ネットワーク形成が進み、電子化された膨大なデータを誰もが、いつ、どこからでも低いコストで発信したり利用したりすることが可能となってきている。このような情報通信技術の進展に伴い、空間情報についても常に新鮮な情報がリアルタイムで収集、提供、利用される環境が整いつつある。センサーを搭載した自動車を多数走らせてインターネットによりそれらの情報を集めるというプローブカー実験に見られるように、新鮮な空間情報の低コストでの収集を可能とする情報技術(IT)環境は、空間情報の収集のみならず利用の仕方までをも大きく変えるものである。

 

 また、空間情報を過去から現在に渡って経時的に把握することにより、ある地域や生活空間が本来持っている特性をより的確に把握することができる。そして、それに基づきコンピュータの中に未来を実現させるというシミュレーションが可能となる。そのシミュレーションに基づき想定されるいくつかの未来の中から、我々はよりよい未来を選択することができる。

 

 このように、空間情報には新鮮さが求められているだけでなく、空間情報が過去から現在に至る時間領域でどのように変遷しているかという情報も含む「生きている空間情報」が求められる。高度に発達したIT環境と「生きている空間情報」を得て、我々は未来をよりよく予測することが可能になり、その予測を基に、現在の時点でどうすべきか、より適切な選択を行うことが可能となる。

(3)測量の外にも広がる空間情報の世界

 地図は、従来市民の日々の暮らしから経済活動、国土管理を支える基盤として、多種多様に活用されている。位置を知ることが万人にとって日常茶飯事になり、電子化された空間情報がいつでもどこでも入手できるようになれば、あらゆる団体、個人が、自分の位置を知り、必要とする空間情報を得て、それぞれの工夫によりそれらを多様に活用する世界が広がっていく。このような空間情報には、社会や経済に関する様々な統計調査から得られる情報、気候に関する情報、地質に関する情報、その他生物の分布に関する情報など、測量以外の分野で整備される情報が多量に存在する。

 

 このような測量の外にも広がる空間情報の世界もまた、地図を介して互いに結び付けられることで、様々な場所での過去から現在の状況を把握して、よりよい未来を選択するために重要なものである。