「測量の未来」はじめに
旅行の計画を立てる、というような個人的レベルから、地域の環境を保全し快適な地域社会を作る、自然災害に対して安全な国土を計画する、というような国のレベルまで、人間は未来を想定して、いわば広義のシミュレーションを行いながら、現在の時点で取るべき行動をいくつかの選択肢から決定して生きている。そのような「未来選択」のために用いられる情報は、過去の経験であったり、知の蓄積、とくに科学的な知識であったりする。それらの情報は現在急激に電子化されつつある。そして、通信ネットワークの発達と相俟って、いつでも、どこでも、だれでも、未来選択のための情報を得ることができるようになりつつある。
さらに、情報が電子化されたことによって、コンピュータの中に未来を実現させるという、狭義のシミュレーションも可能となった。人間はいくつかの想定される未来を比較評価し、現在の時点でどうすべきかを選択する。このような意志決定プロセスは、情報化社会では、個人のレベルから地域、さらには国のレベルまで、ますます重要となろう。この好例を地球温暖化問題に見ることができる。コンピュータの中で温暖化した未来の地球が、国際問題となり、国際的・国家的政策を支配し、個人の生き方・考え方さえ変えようとしている。
地表の位置に結びついた知の蓄積、すなわち地理情報はいつの時代でも、未来選択を行うためには、重要な、しかももっとも基礎的なものであったし、これからの高度情報化社会でもそうであり続ける。領地の経営にあたった戦国武将たち、世界展開を目指す企業の経営者、地域の環境問題に取り組む組織の人たち、レジャーの計画を練っている人、彼・彼女らは地図あるいは地理情報無くして適切な意志決定ができるであろうか。
国土に関する正確な地理情報を、国の中心的な機関として持続的に提供してきたのは国土地理院である。社会における情報の急速な電子化の流れの中で、国土地理院はこれからどうあるべきか、これが「測量の未来」懇談会が取り上げたテーマである。
本報告書は、「測量の未来」懇談会の議論を取りまとめたものであり、今後、測量行政を所管する国土地理院が推進する施策、特に平成16年度を計画期間の初年度とする新たな基本測量長期計画の検討を進めるための指針として活用される予定である。
本報告書の要旨
測量は、我が国において20世紀後半に、国土の開発や社会資本の整備の推進に対して重要な役割を果たしてきた。そして21世紀を迎え、価値観の多様化、技術の発達など、社会状況が急速に変化しつつある中で、社会の求める「測量」の領域が拡大している。すなわち、空間位置を知り、その位置と結びついた情報を取得して、地図及びデータベースその他の形態で記録し、蓄積する行為である「測量」の領域が拡大している。
この新たな測量の領域は、GPSなどの技術の発達により、これまで専門家の領域にあった位置を測る行為が大衆化しつつあることから生じている。また、地理情報が歩行者の目で見た空間から宇宙飛行士の目で見た空間まで広い尺度を持つようになったことから生じている。このように空間的に広い尺度を持つ地理情報を本報告では「空間情報」という。空間情報を過去から現在に渡る時間の流れの中で把握することにより、未来をより正確に予測し、よりよい未来を選択することができる。
今後の社会において、測量が果たすべき役割は、誰でも、いつでも、どこでも、必要な精度で位置を知り、多様な媒体と必要な精度で空間情報が利用できる社会を実現し、人々がよりよい未来を選択できるようにすることである。このためには、国土全体に正確な位置がわかる空間を構築すること、また、行政機関が所有する空間情報をはじめ、民間が所有するさまざまな情報まで、過去から現在に渡るあらゆる空間情報を、国民が低廉で簡便に共有できる情報システムを構築することが必要である。このようなシステムが「電子国土」(*)の目指すべき姿である。
電子国土の実現された社会においては、空間情報は、生活の質の向上や生活空間の拡大・充実、美しい地域の形成、地球環境の保全、災害・事故・犯罪への対策、産業の活性化の様々な場面に役立てられると予測される。
このような空間情報に今後求められる要件として重要なものは、位置精度の要求の高まりに対応するための精密さ、限りなくリアルタイムに近い情報の新鮮さ、そして、時間の情報や映像なども含めた過去から現在に至る国土の姿の多次元的な記録である。
一方、これからの社会において空間情報が活用されるためには、1)空間情報の整備と提供、2)空間情報の利用環境の整備、3)空間情報の多様な利用、4)空間情報の整備・提供・利用に関する先導的研究と教育 のそれぞれにおける国、自治体、大学、企業、民間団体の役割分担が重要である。
この役割分担の中で、国土地理院は最も基盤的な空間情報の整備・維持管理の役割を担い、また、近年の測量技術の飛躍的な向上と情報化、グローバル化の進展を踏まえ、それに応える具体的な方針を持って活動に取り組む必要がある。とりわけ、1)測位や空間情報の相互利用に必要な標準の整備、2)基礎的データの整備、3)基礎的データの提供、4)空間情報が活用される社会をつくるための政策誘導は国土地理院の担うべき重要な役割である。
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- 国土に関する情報を電子的に統合し、過去・現在の三次元仮想時空間内のデジタル情報として再現するとともに、その情報をインターネット等を通して自由に利用できる環境。(「平成15年度国土地理院重点施策」から引用)
「測量の未来」懇談会 委員名簿
(座長) | |
野上 道男 | 日本大学文理学部地理学教室 教授 |
(委員) | |
加藤 照之 | 東京大学地震研究所 教授 |
岸 由二 | 鶴見川流域ネットワーキング 世話人 (慶應義塾大学生物学教室 教授) |
坂内 正夫 | 国立情報学研究所 副所長 東京大学生産技術研究所 教授 |
清水 英範 | 東京大学大学院工学系研究科社会基盤工学専攻 教授 |
白石 真澄 | 東洋大学経済学部社会経済システム学科 助教授 |
高柳 雄一 | 高エネルギー加速器研究機構 広報室長(教授) |
滝沢 由美子 | 帝京大学文学部史学科 教授 |
那須 充 | アジア航測株式会社 取締役総合研究所長 |
西口 浩 | 衛星測位システム協議会 事務局長 |
村井 純 | 慶應義塾大学環境情報学部 教授 |
山元 順雄 | (財)日本グローバル・インフラストラクチャー研究財団 専務理事 |
<検討経緯>
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平成14年 9月 2日 第1回「測量の未来」懇談会 測量及びその周辺領域の現状等 平成14年10月 7日 「測量の未来」懇談会 勉強会B 多様性ある地域の形成 美しく良好な環境の保全と創造 平成14年10月18日 「測量の未来」懇談会 勉強会A 自立した個人の生き生きとした暮らしの実現 安全の確保 平成14年10月29日 「測量の未来」懇談会 勉強会C 競争力のある経済社会の維持・発展 平成14年11月26日 第2回「測量の未来」懇談会 懇談会・勉強会の報告 検討のとりまとめ方針について 平成15年 2月25日 第3回「測量の未来」懇談会 報告書のとりまとめ(案)について
勉強会A出席者:野上座長、加藤委員、高柳委員、滝沢委員、村井委員 勉強会B出席者:野上座長、 岸 委員、清水委員、白石委員、山元委員 勉強会C出席者:野上座長、坂内委員、那須委員、西口委員 |