ステップ4:候補の信憑性を高める作業を行う

作業方法

1.はじめに

 先のステップまでで、抽出された斜面変状候補の向きやその大小を推定しました。
 このステップでは、収集した画像やその他の情報により、抽出した斜面変状候補の信憑性を高める作業を行います
 

2.複数の画像の対比等によるSAR干渉画像の精査

 ステップ2の末尾でも示しましたが、干渉縞の不存在は必ずしも斜面変状がなかったことを保障しません。これは、ステップ3で示したとおり傾斜の向きと衛星の進行方向の関係で、衛星と地表の間の距離の変化を打ち消しあってしまう場合があるためです。また、干渉縞の存在も斜面変状の存在を必ずしも保証しません。ステップ2で示したとおり、衛星と地表の距離変化を捉えるという観点で見た場合にSAR干渉画像には様々なノイズが含まれているため、単独の解析結果では確証が高いとは言い切れません。
 
 まず、SAR干渉画像をよく見てみましょう。
 図1の左側と右側を見ると赤の楕円で描かれた部分が、周囲と違う発色をしていることが分かります。ただ、右側は水色→紫→赤→黄色と変化する干渉縞がはっきりと見えるのに対し、左側はあまり色がまとまっていない印象があり、変動量も水色~紫とさほど大きくありません。例えば数百m規模の地すべりブロックがすべることを想定すると、右側のケースは活動している可能性が極めて高いといえますが、左側のケースは大気状態など他の要因に左右されている可能性が否定できません。また、左側の青丸の範囲のように、発色はしているが完全にバラバラという場合も、地すべり等の斜面変状を捉えている可能性は低いといえます。
SAR干渉画像の例示の図
図1 SAR干渉画像の例
 
   ただ、図2の左図のように、発色に乱れがあっても、背景色(ここでは水色や青色)でない色が主な場合は、斜面変状が疑われます。図2の場合は大局的にも地すべりが発生しているのですが、数百m規模の地すべりブロックの内部でさらに細かいすべりが発生し、地割れ等が多発しているため、場所によって変位量が違いすぎて縞模様にならないという現象が生じます。
 
 このように、使用するSAR干渉画像に明瞭な干渉縞が確認できることがまず望ましいと考えますが、さらに言えば、同じ場所のSAR干渉画像を複数用意できればより信憑性を増すことができます。
七五三掛付近のSAR干渉画像の図
図2 七五三掛付近のSAR干渉画像
 
 左と真ん中が南行観測、右が北行観測にあたります。左は2009年3~5月、真ん中が5~8月、右が6~7月の変化を示しています。
真ん中の画像を見ると分かるとおり、七五三掛の文字の左右に色がついている部分が確認できます。
例えば、左と真ん中を並べることにより、真ん中で色がついている部分は左でもかなり乱れているものの色がついており、斜面変状があったことが伺えます。
 一方、真ん中と右側を並べることにより、七五三掛の文字の左側については、複数の観測方向で発色が確認されるため、斜面変状が発生している可能性が高いことが伺えます。
もしも、左の画像がなければ七五三掛の右側の部分については右の画像では変動が確認できないため、真ん中の画像から怪しいことは分かりますが、確度はやや低くなってしまいます。
 このように、複数の画像において同一箇所に干渉縞や周囲の部分と違う発色が見られることを確認することで、斜面変状の候補がどれだけ信憑性があるかを評価できます。
いずれにしても、SAR干渉画像について出来るだけ多くの事例を確認することが、斜面変状の抽出の精度を上げることになります。
(※ ただし、地すべりのように変動に季節性があるものについては、夏から秋にかけてなど「そもそもほとんど動かない」時期も存在します。この時期に変動がないからといって地すべりの活動がなくなったと判断するのは危険であり、先に述べたとおり融雪期等、移動が起こる時期のデータで検証を行うことが必要です)
 

3.他のデータソースの導入

 例えば地すべりであれば、既存の地すべり分布のデータベース等もありますし、地形図や空中写真からも発生した地すべりのようなものが本当に地すべりなのかを推定することが出来ます。 以下に事例をあげて説明します。
 
1)地すべり地形分布図
 (独)防災科学技術研究所が地すべりを全国的に網羅したデータベースであり、専門家による既存の判読結果は地すべり等の斜面変状の認定に極めて有効です。

秋田県東成瀬地区の狼沢地すべり周辺の地すべり地形分布図(左)とSAR干渉画像(右)の比較
図3 秋田県東成瀬地区の狼沢地すべり周辺の地すべり地形分布図(左)とSAR干渉画像(右)
 
 図3の例で言えば、左右の青丸と赤丸がほぼ同じ位置に対応するのですが、地すべり地形分布図に示されている地すべりにSAR干渉画像の干渉縞が重なっている様子が分かります。
 このように、SAR干渉画像で確認された干渉縞が既知の地すべりと一致すれば見ている変状が地すべりである可能性が増します。
 防災科学技術研究所の地すべり地形分布図は防災科学研究所の該当ページをご覧ください。
 
2)地形図
 地すべり分布図がない場合などに、地すべり地形を大局的に抽出する手段として、全国的に整備されている国土地理院の1:25,000地形図を利用する方法があります。明瞭な地すべりであれば地形図レベルでも地すべりの存在を推定することは可能です。もしも、航空レーザ計測データなど詳細な地形データがあれば、地すべりブロックの存在等をより正確にかつ細かく認定することが出来ます。
 図4は地すべりの形状例です。図の場合地すべりの源頭部は急傾斜になりますが、その下部では緩傾斜になっています。この緩傾斜部分は地形図上では等高線間隔が広くなっており、そのようなパターンが認識されれば地すべり地形が疑われることになります。
 図5は航空レーザ計測データから作成された詳細な地形分類図にSAR干渉画像で確認された干渉縞の位置(赤の楕円)を重ねたものです。SAR干渉画像で見える変状が、地すべりにおいて発生していることが明瞭にわかります。
 また、図6は1:25,000の地形図との重ね合わせですが、干渉縞が見えている部分の等高線の間隔が拡がっており、この部分がすべっているブロックに相当することが推察されます。地形分類の精度こそ航空レーザ測量データには劣りますが、地すべり地形かどうかを推察することは地形図からでもある程度は可能です。
 
図4 地すべりの形状例(図は国土交通省の所有の図を一部改変)
図4 地すべりの形状例(図は国土交通省HPに掲載されていた図を一部改変)

狼沢地すべり周辺の地形分類図(干渉縞のある位置は図の楕円の位置に概ね相当)
図5 狼沢地すべり周辺の地形分類図(干渉縞のある位置は図の狼沢L2からL1にかけての楕円の位置に概ね相当) 

SAR干渉画像と地形図の重ね合わせ(干渉縞が出ている部分の傾斜が緩やかになっている)の図
図6 SAR干渉画像と地形図の重ね合わせ(干渉縞が出ている部分の傾斜が緩やかになっている)
 
3)空中写真
 航空レーザ測量データによる地形分類には及びませんが、空中写真の実体視によりある程度微地形を復元することは可能です。例えば、図7のように対象域の空中写真をペアで用意し、実体視を行うことにより微地形を推定し、図5に近い地形分類を行うことができます。空中写真は国土地理院の地図・空中写真閲覧サービス等で確認することが可能です。
図7 狼沢地すべり周辺の空中写真(左右2図で実体視を行うイメージ)
図7 狼沢地すべり周辺の空中写真(左右で実体視を行うイメージ)
 

4.まとめ

 以前のステップで抽出された斜面変状の候補について、複数のSAR干渉画像を用いることや、別の資料(地すべり地形分布図や地形図など)を用意することでより信憑性を上げられることを確認しました。
1)SAR干渉画像における発色や干渉縞の明瞭さ、2)そしてそれが複数の画像について確認可能か、3)また地形図など別の資料からも斜面変状の可能性を認定可能か、等の各要素に当てはまることで、斜面変状の候補としたところの信憑性を上げることが出来ます。
 
 
ここまでで、プロセス1の段階ではあくまで参考程度であった斜面変状の候補の確度をかなり上げることが出来たと考えます。
 
SAR干渉画像の生成や、生成された画像の演算等により、斜面変状の監視対象を拡げさらに確度を高めることが可能ですが、ここから先は本格的にSARデータを扱うことになります。このため、干渉SARに係る知識・技術等があまりいらない範囲はここまでということになります。それでも、斜面変状の候補をある程度確度高く抽出できることが分かっていただけたのではないかと思います。
 
 プロセス2は以上で終了です。
 ここまでの段階で、今後監視対象とすべき斜面等を抽出する際のより詳細な情報が得られるようになりました。
 
もしも、上記の例を元にもっと実例を見てみたいという場合は、干渉SARのホームページをご覧ください。
 
干渉SARホームページに移動する
 
 また、SAR干渉処理を自ら実施するなどして、衛星と地表の距離変化が定量的に把握できる場合は、斜面変状の移動量の更なる定量化を図れる可能性があります。
 関心がある方は参考情報をまとめましたので以下にお進みください。
 
オプション2:「斜面変状の移動量の更なる定量化を行う」に進む
 
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*1 表示されているSAR干渉画像は全て次によるものです:Analysis by GSI from ALOS raw data of JAXA, METI