4 基準点網のひずみ

 明治時代における基準点の位置は、基準点を頂点に持つような三角形群を考え、各々の三角形の内角を経緯儀で観測するやり方で測量しました。それは、基準点が遠く離れていても互いに見通せれば、角度は比較的容易に観測できたからです。しかし、三角形の内角の観測だけでは、基準点網の形は決まりますが、大きさが決まりません。大きさを決めるには距離を測定しなければなりませんが、数10kmも離れた2地点間の距離を測定することは当時としては至難の業でしたので、距離測定は最小限に留めざるを得ませんでした。具体的には、全国14箇所の比較的平坦な場所が選ばれ、3~5kmの距離の測定を精密に行い、その結果を用いて三角形の大きさを決定したのです。距離の測定に用いたのは、長さ数メートルの精密な基線尺です。3~5kmの距離を測るためには、この基線尺を尺取り虫にように何度も用いる必要がありました。

 また、観測値には測量誤差があることから、そのままの数値を使って位置を求めることができないため、平均計算を行う必要があります。現在はコンピュータを用いた全国同時網平均計算が可能ですが、当時はそろばんと対数表しか計算手段が無く、全国の基準点網を小さなブロックに分割して計算せざるを得ませんでした。そのため、測量の誤差を計算により十分調整することができませんでした。

 さらに、このような測量技術の制約のほかに、日本は世界有数の地震国ですので、明治以来の地殻変動の影響も加わりました。その結果、広い地域で現代の高精度な測量の結果と比較すると、日本測地系の測地基準点成果には、ひずみがあることが分かりました。

 世界測地系の測地基準点成果と比較すると、楕円体の大きさを変更したことによる見かけ上の変化も加わるため、東京から見て、例えば、約1000km離れた札幌の位置が西へ約9m、約900km離れた福岡の位置が南へ約4mの差があります。
測地基準点成果の差の図

日本測地系と世界測地系の測地基準点成果の差