干渉SARの誤差と補正

SAR干渉画像に含まれる誤差

水蒸気による誤差

水蒸気の誤差は、大きく分けて、鉛直方向の水蒸気分布の違いによるものと水平方向の水蒸気分布の違いによるものがあります。
鉛直方向の水蒸気分布による誤差は、地形ととても似た形で現れます。山や谷などの地形によって大気の厚さが異なる影響で水蒸気量の差が現れるのです。下の図は、富士山や伊豆半島を含む地域のSAR干渉画像です。画像のあちこちに、数センチメートルの変動に相当する色の変化が見られます。これらは、実際に地表が動いたものではなく、大気中の水蒸気の空間的なムラによるものです。この誤差は、標高との相関を利用することで、ある程度推定することが可能です。
標高に相関する水蒸気による誤差の例

下の図の左及び中央の干渉画像はほぼ同じ期間のものですが、色が大きく異なります。中央の干渉画像の期間を含む左の干渉画像でほぼ色の変化が見られないことから、この期間には実際は大きな変動はなく、中央の干渉画像の色の変化は水蒸気による誤差であることが疑われます。そこで、右の図のように中央の干渉画像の観測日時における雨雲の様子を確認すると、雨雲の分布と色の変化が似ていることがわかります。
このように水平方向の水蒸気分布による誤差は、局所的な気象現象によってランダムに現れるため、異なる干渉画像で同じ位置に色の変化が見られないものを除去することは困難です。このような場合、正しい変動量を知るためには、解析ペアを変更した複数の解析結果などから判断することが重要になります。
水平方向の水蒸気分布による誤差

電離層による誤差

SAR衛星の軌道情報の誤差に比べ、電離層の影響については、以前は、大きくないと考えられていました。しかし、近年のSAR衛星の軌道情報の誤差は小さくなり、電離層の影響が顕在化してきました。波長が長いほど電離層の影響が大きくなります。「だいち」や「だいち2号」は海外の衛星と比べて波長が長いLバンドレーダーを使用しているため、電離層の影響が干渉画像に誤差として現れやすくなります。その誤差は時には数十cm程度の誤差となります。
電離層による誤差の例

DEMによる誤差

DEM(DEM; Digital Elevation Model)とは、数値標高モデルのことで、干渉画像を作成する過程で、地形によって生じた縞(地形縞とよんでいます)を除去する際に使用されます。このとき、DEMとSAR観測で計測された地表面の形状が異なる場合、その差が位相差として画像に現れ、変動があるかのように見えることがあります。また、この位相差は基線長(1回目の観測と2回目の観測における衛星の位置のずれ)が長くなるほど顕著になりますので、わずかなDEMの誤差であっても、大きな誤差として画像に現れることがあります。

下のグラフは、縦軸に位相差が360度になるときの、DEMとSAR観測時の地表面の高さの差(単位:m)を、横軸に基線長(単位:m)をとったものです。このグラフから、オフナディア角(SAR衛星の鉛直下方向と衛星視線方向とのなす角)が32.4度、基線長が100 mの場合、DEMとSAR観測で高さ方向の差がおよそ600 mあると、位相が360度変化し、SAR干渉画像上でその場所は地表面が約12 cm変化したように見える、ということが分かります。

同じように、オフナディア角が32.4度、基線長が500 mの場合を見ると、DEMとSAR観測との差が100 mで、位相が360度変化し、SAR干渉画像上では約12 cm変化したように現れます。つまり、基線長が長いほど、DEMの誤差の影響が大きいことが分かります。

通常、国内の解析では、国土地理院の基盤地図情報(数値標高モデル)のうち10 mメッシュ(標高)を利用して地形縞を計算し、補正しています。その高さ精度は5m以内と高精度ですが、国土地理院の基盤地図情報(数値標高モデル)のうち10 mメッシュ(標高)の元となるデータは2000年以前に整備されたものです。2000年以降に土地の造成によって標高が大きく変わった場所では位相差が生じます。このような場所では、土地の履歴について聞き取り調査を行ったり、空中写真や地形図と見比べて、土地の造成が行われていないか調べることで確認できます。
DEMによる誤差と基線長との関係

誤差の補正と低減

数値気象モデルを用いた大気遅延誤差の低減

SAR干渉画像には実際の地盤変動とは異なる数cm程度の見掛けの位相変化が見られる場合があり、その主な原因の1つが、大気(水蒸気)による影響と考えられています。この影響を低減するために国土地理院では数値気象モデルを利用した大気遅延誤差の低減処理手法を開発し、高精度地盤変動測量で定常的にこの手法を利用しています。
大気遅延誤差低減処理の概略は次の通りです。
  1. 数値気象モデルから得られるSAR撮像時の大気中屈折率分布をもとにピクセル毎の位相遅延量を1回目の観測による画像、2回目の観測による画像それぞれに対して計算します。
  2. 1.で計算した遅延量の差分をとり、干渉画像に対応する大気遅延量分布モデルを作成します。
  3. 差分干渉画像から大気遅延量分布モデルで予想される遅延量を差し引き、大気遅延誤差を低減します。
詳しくは国土地理院時報第125集「SAR干渉解析のための数値気象モデルを用いた大気遅延誤差の低減処理ツールの開発」(PDF形式:1.76MB)を御覧ください。

GNSS補正

SAR干渉画像には、電離層や衛星軌道情報の誤差に起因する空間的に長波長の誤差が含まれています。これらの誤差は特に広域を対象にした解析を実施した場合に大きな影響があります。GNSS補正は、地上における GNSS観測によって得られた変位量と SAR干渉解析結果とを比較することによって、この誤差量を推定・除去する手法です。国土地理院では、SAR干渉解析を実施する際には、原則としてGNSS補正を実施しています。

スタッキング

スタッキングとは、複数の解析結果を平均化して、変動速度を求める手法です。この手法により、時間的に不規則な水蒸気によるノイズが軽減され、継続的に発生している変動が抽出できます。なお、平均化のため、変動速度は一定と仮定しています。よって、同様な変動が継続する地盤沈下などの検出には適しますが、季節的な地盤変動、膨張・収縮を繰り返す火山や変動速度が変化する斜面変動のような不規則な地表変動には不向きです。
図のa)~d)のSAR干渉解析結果から得られる変動量は、ノイズの影響によって全体的に数cmの誤差を含んでいます。そこでa)~d)の4画像を平均化することによって、不規則なノイズを軽減させることが可能です。
平均化処理後のe)では、地盤沈下と思われる変動域(赤破線部)が明瞭になり、平均化処理前のa)~d)で見られる変動域以外の不規則な数cmのノイズが軽減されています。
スタッキングについて、詳しく知りたい方は、国土地理院時報第120集「干渉SARを活用した効率的な水準測量の実施に向けた取り組み」(PDF形式:4.13MB)や国土地理院時報第124集「干渉 SAR 時系列解析による地盤沈下の検出」(PDF形式:4.01MB)を御覧ください。