兵庫県南部地震における「1万分1及び2.5万分1災害現況図」の作成

Compilation of Damage Distribution Map of Hyogoken-Nanbu Earthquake

地理調査部   関口 辰夫
Geographic Department   Tatsuo SEKIGUCHI
地図管理部   前野 政克
Map-Management Department   Masakatsu MAENO

本文[PDF:378KB]

要旨

 

 国土地理院では,平成7年1月17日に発生した「平成7年兵庫県南部地震」の発生後緊急に空中写真の撮影し,災害の現況を調査した。そして,空中写真判読によって,各災害種類ごとに「1万分1及び2.5万分1災害現況図」の編集及び印刷を行い,関係機関に提供した。

 

目次
主な図
 口絵-7 災害現況図 (177k)
  図-1 災害現況図の作成範囲 (117k)
  図-2 神戸市周辺の災害の分布 (167k)
1.はじめに
2.災害現況図作成の経過
3.災害現況図の作成方法
4.災害の特徴
5.災害現況図印刷図の作成
6.まとめ

1.はじめに

 平成7年1月17日午前5時46分,淡路島北部の北淡町を震源地とした淡路島から西宮市にかけて深さ20 kmでマグニチュード7.2,震度6)(その後7)に変更)という大都市直下型の「平成7年兵庫県南部地震」が発生した。この結果,家屋の倒壊・火災,鉄道・高速道路の損壊,地盤の液状化,斜面崩壊等の様々な種類の災害が多発し,死者・行方不明者が5501名(4月12日近畿管区警察局調)に達するという大きな地震災害となった。
 国土地理院では,地震発生後,この地震災害に対する調査,解析,救援・復興のための基礎資料として災害種類別現況図の原図及び印刷図の作成作業を緊急に測図部,地理調査部,地図管理部と共同して実施した。本報告は,国土地理院が保有する地形図・空中写真等の資料や今回の地震発生後に撮影した空中写真斜写真判読によって災害地点を種類ごとに1万分1地形図に記入して「1万分1災害現況図」を作成し,これらを基にさらに「2.5万分1災害現況図」を編集・印刷した経過について述べる。

 

2.災害現況図作成の経過

 国土地理院では,これまで豪雨,火山,地震等の自然災害に際して緊急的に各種災害現況図の作成を実施してきた。
 今回の兵庫県南部地震では,地震が発生した1月17日に直ちに航空写真の撮影を行った本巻:測図部参 照)。この航空写真の撮影によって報道関係によって明らかにされた災害地点の確認は勿論,その他の災害地点や種類についても的確に把握することが可能となった。また,今回の地震災害では,詳細な地形図としての1万分1が作成されていることもあり,新たに「1万分1災害現況図」を作成することによって被災状況を詳細に把握でき,その後の災害復旧対策への活用に貢献できた。

 

3.災害現況図の作成方法

(1)災害現況図の作成範囲

 災害現況図の作成範囲を図1(117k)に示す。今回の地震災害の区域は淡路島北部を震源として神戸地区と淡路島地区とに大きく分けられるため,災害現況図については神戸地区及び淡路島地区に分けて作成した。また,神戸地区の災害現況図は,神戸市,芦屋市,西宮市,尼崎市,宝塚市,川西市,伊丹市にかけて17面を作成した。淡路島地区については1万分1地形図がないために5千分の1国土基本図をもとに淡路町,北淡町,一宮町,津名町,東浦町にかけて2.5万分1に縮尺で作成した。さらに,神戸地区についても2.5万分1の災害現況図を編集した。

(2)災害種別の区分および作成方法

 災害現況図の作成は,地震後に撮影した空中写真を判読して被災状況を1万分の1地形図に記入した。神戸地区については,1月17日撮影の空中写真が火災の煙のため判読できない部分が多く,十分な判読は20日撮影の空中写真を使用した。淡路島北部地区については,18日及び20日撮影の空中写真で判読を行った。
 今回の地震では,a.道路・鉄道・建築物等の倒壊・破損,b.火災,c.斜面崩壊,d.地盤の液状化等の多数の種類の災害が広範囲にわたって発生したのが特徴的であった。災害現況図は,これらの種類の中で一般的に理解しやすい区分として,a.家屋・建物の倒壊及び大きな損壊,b.火災(焼失範囲),c.道路・高速道路・鉄道等の破損,d.斜面崩壊・地すべり,e.地盤の液状化,f.海岸堤防の破損の6種類に区分して作成した (表1:177k)。なお,淡路島地区では「野島断層」が地震断層として地表に現れたため,「地震断層」として表示した。

 

4.災害の特徴

 今回の地震で受けた災害種類別の分布を図2(167k)に,災害現況図の一部を口絵-7(177k)に示す。また,各災害の種類毎に件数,面積等を計測した結果を表2(179k)に示す。

(1)家屋・建物の倒壊

 今回の地震で家屋等の倒壊は非常に多く全壊・半壊で8810棟に達した(兵庫県・大阪府の災害対策本部では179,445棟)。倒壊家屋の著しい区域は,神戸市須磨区から中心地の三宮,西宮市にかけてのほぼJRに沿った六甲山地南麓の緩斜面に住宅密集地帯で帯状に分布し,特に木造家屋の倒壊が顕著であった。淡路島では山地が多く住宅地は海岸に沿っているため,主に震源に近くの北淡町や,隣接する淡路町,東浦町,一宮町の住宅が密集する低地部で被害が集中した。

(2)火災(焼失範囲)

 火災の区域は,神戸市内で西部の須磨区,長田区,兵庫区と東部の灘区,東灘区で地震と同時に発火し, 2990棟,焼失面積は61haに及んだ(兵庫県調べで7456棟)。特に須磨区,長田区,兵庫区では広い範囲で焼失した。

(3)道路・鉄道等の倒壊,破損

 鉄道・鉄道等の損壊は,新幹線,JR,私鉄,地下鉄,阪神高速道路で多数の箇所が51箇所で寸断し,救援物資輸送や人の移動が困難となった。特に,東灘区の阪神高速道路神戸線では,600mに渡って橋脚が横倒しとなり,安全といわれた新幹線においてもコンクリート高架橋が落下して不通となった。

(4)崖崩れ・斜面崩壊

 斜面崩壊・崖崩れの発生は,今回の地震ではそれ程顕著ではなかったが,神戸地区で29箇所,淡路島で86 箇所で崩壊がみられた。特に淡路島北淡町では震源に近く,しかも野島断層が地震断層として活動したために断層沿いに斜面崩壊・崖崩れが集中した。また,西宮市仁川百合野町では住宅の裏側の斜面が幅130mに渡って地すべりが発生し,住宅が埋没して多数の犠牲者を出した。この区域は六甲山地断層系の東部にあたり,他の断層と同方向の北東-南西方向の甲陽断層の直下に当たっており,甲陽断層が再発した可能性も考えられる。

(5)地盤の液状化

 液状化現象がみられた区域は,神戸市の摩耶埠頭から神戸港にかけての旧海岸線付近とその南側のポートアイランド,六甲アイランドなどの埋立地に集中した。ポートアイランドおよび六甲アイランドでは非常に広い範囲で液状化が発生し,家屋の倒壊や道路・海岸堤の亀裂・破損がみられた。これらの区域は海岸や砂州を埋立てたり盛土化した区域が多く,軟弱な地盤のために被害が拡大したためと考えられる。また,淡路島津名町の海岸埋立地においても噴砂や液状化現象がみられた。

(6)海岸堤防・岸壁の破損

 地盤の液状化現象とほぼ同様の区域でみられた。海岸部では,海岸線に沿う岸壁や道路に多数の亀裂や沈下,水平方向への移動によって港が使用不可能となり,六甲アイランド,ポートアイランド,摩耶埠頭ではほぼ全域で岸壁が壊滅的な打撃を受けた。

 

5.災害現況図印刷図の作成

 ここでは,彩色原稿図から最終の印刷図が出来上がるまでの工程について報告する。なお,今回の作業は緊急時の対応と言うことで,当院の陣頭指揮のもとに(社)日本地図調製業協会会員6社の協力を得て実施した初めてのケースである。

(1)緊急印刷のための必要事項

 

 地震災害等が発生した場合,被災地の状況を速やかに調査し,その結果を地図等にまとめて救援や復旧活動の基礎資料として,対策本部等関係機関へ迅速に提供する事が極めて重要である。従って,緊急用の地図作成においては,工期を出来るだけ短縮し,正確かつ,明瞭なものが要求される。最終部門を担当する地図印刷においても前述の通りであるが,作業に着手する前に綿密な計画準備が特に必要である。ここでは,計画準備段階での必要事項について述べることにする。

 
a.原図の作成形態に応じた製版方式の決定
 通常,地図作成工程は,測量原図-製図-写真-製版-印刷を経て成果品が出来上るが,緊急時には,必ずしもこの工程を経ないで地図を作成することが多い。例えば,既存の地形図をベースとしてその上に調査結果を清絵・彩色して原図を作成することがある。この場合に製図から印刷までの工程が異なるので,あらかじめ製版方式を検討しておくことが必要である(図3:167k)
b.作業指示系統の一本化
 緊急時において,作業指示が錯綜すると,成果品に誤り等が生じる(緊急時には再作成する余裕がない)。このため,各作業毎に指示担当者を決めておき,指示系統を一本化しておく必要がある。
c.使用材料等の選定
 aでも触れたが,原図の作成形態に応じて使用する材料も異なってくる。このため,使用材料の保有状況や調達方法などをあらかじめ調査しておくことが必要である。特に,印刷作業を外部機関に分担して行なわせる場合には印刷用紙(地図用紙)や印刷インキなどを選定し,統一化する必要がある。使用材料の選定を誤ると成果品の良否に大きく影響を及ぼすことを認識しておかなければならない。

(2)1万分1及び2.5万分1災害現況図の作業法及び使用材料等

 今回の災害現況図印刷図作成における製版法及び使用材料等は,次のとおりである。

 
a.作業法;ダイレクトカラー分解法(彩色原稿図を原寸のままカラースキャナーにかけて3原色と墨に分解し,ここで作られた連続階調のフィルムから,プロセスインキを使って印刷する方法)
b.スキャナー;ヘルDC3000線数;200線
c.使用材料;スキャナーフィルム:コニカDSD3100E
d.ポジフィルム:コニカRC1000E
e.印刷インキ:東洋インキ TKハイプラス黄,紅,藍,88墨,赤紫(行政界・行政名)
f.地図用紙:OKサンバード地図用紙48.5kg万分菊

(3)1万分1及び2.5万分1災害現況図作成工程と作成経過

 1万分1及び2.5万分1災害現況図作成工程と経過は,別図-3(167k)に示すとおりである。

(4)地図印刷成果の内容

 
 
a.1万分1災害現況図
  神戸地区;17面 四六半裁版(545×788mm)5色
  印刷枚数;長田,西宮各1200枚,その他15面各1000枚
b.2.5万分1災害現況図
  1)神戸地区
    神戸東部・西宮1面 四六版(545×788mm)
      5色(1万分1の13面を2.5万分1に縮小モザイク)
    神戸西部 1面 四六版(545×788mm)
      5色(1万分1の7面を2.5万分1に縮小モザイク)
  2)淡路地区     淡路島北部 1面 四六版(545×788mm)
      5色(2.5万分18面をモザイク)印刷枚数;各1500枚

(5)評価

 今回の緊急作業は,平成7年1月23日から26日早朝までの実質3日間で彩色原稿図の分解から製版用フィルム作成-製版-印刷(1万分1;17面5色17400枚,2.5万分1;3面5色4500枚)までを完了した。評価としては,非常に短期間で作業が完了したこと及び災害状況の彩色区分の色再現性について良好な結果を得たことである。

(6)今後の課題

 

 今回,兵庫県南部地震の緊急対応として災害現況図印刷図の作成を地図管理部が担当したが,緊急時において,今回のように必ずしも直営で対応し得ない場合が生じる。こうした場合に,民間との連携をいかに迅速かつ,的確に行うことができるか,が重要である。今後は,民間との連携体制の整備と緊急対応マニュアルの整備が必要であろう。

 

6.まとめ

 今回,1月17日の地震直後から空中写真撮影,1万分1及び2.5万分1災害現況図を作成し,1月26には関係機関に配布した。この間約10日間という短期間で災害現況図を作成できたことは地震後の災害復旧にとって大きな役割を果たしたと言えよう。
 災害現況図の災害の種類の項目については,その後に他の機関等で調査・作成したものと殆ど同様の区分であり印刷まで進めた点で先駆的な作業であった。また,被害分布の概要は,他の調査機関の調査結果とほぼ同様の傾向がみられ,大筋で正確であったことが確認された。しかし,詳細な被災については1万分1の縮尺の空中写真を使用した結果,倒壊家屋や斜面崩壊等の判読は縮尺が小さいために現地調査のような正確さは不可能であった。今後は市街地など家屋等が集中する地域では2千分1~5千分1等のさらに大縮尺の航空写真の撮影が必要と思われる。
 今回の災害現況図の作成作業で,測図部・地理調査部・地図管理部の多数の方々の御協力によって完成することができた。ここに記して感謝の意を表します。

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