土地条件と旧土地利用にみる1995年兵庫県南部地震の災害状況

A Study of a Disaster Caused by the 1995 Hyogoken-Nanbu Earthquake in the Light of the Land Condition and the Former Land Use

地理調査部  福島康博・菱山剛秀
Geographic Department Yasuhiro FUKUSHIMA,Takehide HISHIYAMA
測図部  佐藤 潤
Topographic Department Jun SATO

本文[PDF:1,383KB]

要旨

 

 兵庫県南部地震における建造物の倒壊等の災害状況と土地条件の関係を現地調査を通じて明らかにするとともに,明治初期の地形図に記録されている農業的土地利用から改変前の原地形を判読し,被災状況との関係を明らかにした。

 

目次
主な図

1.はじめに
2.緊急地理調査の目的と調査内
 2-1調査の目的
 2-2調査内容
3.阪神地区の土地条件
4.主な調査経路と概要
5.被害分布と土地条件
6.旧版地形図からみた被害分布
 6-1 基図の作成
 6-2 災害現況図との重ね合わせ
  6-2-1 建物の倒壊に関して
  6-2-2 道路・鉄道の破損に関して
  6-2-3 地盤の液状化に関して
7.おわりに
参考文献

1.はじめに

 1995年1月17日午前5時46分,淡路島北部の北淡町の地下約20kmを震源とした,マグニチュード7.2という大都市直下型の「平成7年兵庫県南部地震」が発生した。この地震による死者は5000人を越え戦後最悪の犠牲者を出すに至った。更に,鉄道・高速道路の破壊,家屋の倒壊,地盤の液状化,斜面崩壊,火災等多様な災害が広範囲にわたって発生し,まさに未曾有の大災害をもたらした。この地震災害は,特に「阪神・淡路大震災」と呼ばれている。
 国土地理院では,地震発生とともに直ちに災害対策本部を設置し,災害地域の空中写真を撮影し,災害現況図の作成等緊急測量・調査を実施した。
 本論では,土地条件と被害との関係を明らかにするため実施した第1次から第3次までの緊急地理調査の結果のうち,特に阪神地区における被害と土地条件との関係について概略を報告する。また,旧版地形図を利用して人工改変前の地形や旧土地利用と被害の関係について判明したことも合わせて述べることとする。

2.緊急地理調査の目的と調査内容

2-1調査の目的

 緊急地理調査は,第1次現地調査から第3次現地調査まで実施した。
 第1次現地調査は,発生当初からいわゆる直下型地震と見られたため,地震断層の確認と二次災害に結びつく地形変化の把握のため,地震発生後直ちに現地調査を実施した。第2次現地調査は,余震分布などからみて阪神地区にも延びていると考えられた,地震断層確認のため,阪神地区の現地調査を再度実施した。
 第3次現地調査は,すでに1万分の1空中写真判読だけで作成されている地震災害現況図の補完と,災害と土地条件との関係を明らかにするため,また,淡路島においては第1次現地調査において確認された野島断層と周辺の変動地形の詳細な記載を行うため実施した。
 図-1(43k)は第1次現地調査から第3次現地調査までの阪神地区の調査ルート及び調査地点である。第1次調査を除き地震断層及び土地条件と被害との関係を調査するため,ほぼ全域にわたり徒歩によって調査を実施した。

2-2調査内容

 本稿で報告する阪神地区の土地条件と被害との関係を解明するため,現地調査用の資料として,昭和40年作成の2万5千分の1土地条件図,1万分の1米軍撮影空中写真,明治18年測量2万分の1旧版地形図を使用し,「1万分の1災害現況図」上で地形区分を行って調査用基図を作成した。
 現地調査は,調査用基図から調査ルートを(1)低地,段丘,扇状地等の各地形をまたぐ路線,(2)被害の帯状の軸を横断及び縦断する路線をそれぞれ複数選定し,家屋・路面等の損害状況と地形・地盤とに注目して行った。また,併せて,1万分の1災害現況図作成時の写真判読結果の点検をおこなった。

3.阪神地区の土地条件

 口絵-2(169k)は昭和40年に国土地理院が作成した,2万5千分の1土地条件図を基に編集した神戸市周辺の地形分類図である。
 本地域は,主に北部に広がる六甲山地と,その南東麓に展開する神戸低地から成る。
 六甲山地は,大阪湾の北部に位置し,六甲山の932mを最高点とした,花崗岩より成る地塁山地である。
 南縁は,点在する段丘群や神戸低地に面するが,その境は急峻な断層崖によって低地等に臨んでいる。
 神戸低地は,六甲山地を解析して南流する各河川の渓口に形成された多少解析を受けた扇状地群や,それらの間を占める緩扇状地性低地列によって構成された複合扇状地である。低地内を流れる主な河川は天井川となっており,微高地が河口まで続いている。この低地は,神戸・芦屋・西宮など合わせて200万人に及ぶ人口を擁する大都市の生活の舞台となっている。

4.主な調査経路と概要

 現地において調査した結果は以下のとおりである。


(1) 東灘区住吉駅南部

 住吉駅から南へは,海に向かって直線的に一定の傾斜を持つ緩扇状地である(調査ルート図-丸1)。この緩扇状地上は,地形による差,家屋の新旧による差はほとんど無く家屋が倒壊していた。また,道路のアスファルト面に所々で亀裂が見られた。しかし,海岸付近の低地部では家屋の倒壊は,緩扇状地上に比べ極端に減少していた(写真-1:148k)
 駅東部を流れる住吉川は,低地部と約6mの比高がある天井川を形成している。この堤防上では,家屋はまばらな上にマンションが建ち,同条件の比較ではないが,マンションの抜け上がりが見られる程度であった。

(2) 東灘区西岡本の斜面崩壊

 住吉川扇頂部北側にあたるこの地区は(調査ルート図-丸2),山の斜面を平坦化して開発された住宅地であるが,20m程の比高のある急斜面が,幅約20mにわたり崩壊をおこしている。住宅地域内では多数の家屋の損壊や道路の亀裂がみられ,2次災害防止用のビニールシートと,伸縮計・傾斜計が数カ所設置されていた( 写真-2:138k)

(3) 中央区三宮駅南部とメリケンパーク

 メリケンパークには神戸のシンボルであるポートタワーがある(調査ルート図-丸3)。ここは埋立によって形成された人工島であり,被害は全域に及んでいる。確認できたものは,岸壁の損壊,水没,地面の亀裂(海に向かって不規則に多数),全域を覆う液状化による噴砂等であり,破損した岸壁ではすでに波による侵食も始まっていた(写真-3:128k)
 三宮駅南部地区は,神戸市役所や銀行,ホテル等が建ち並ぶビジネス街である(調査ルート図-丸4)。この地区は旧生田川沿いの河川及び自然堤防(天井川沿いの微高地)とその両側に広がる低地から成る。被害はビルの損壊と抜け上がり,モノレール橋脚の損壊,液状化により歩道が大きく波打つなど,自然堤防や低地といった地形にかかわらず大きな被害が見られた(写真-4:132k)

(4) 灘区「まやケーブルした」駅南部

 摩耶ケーブルの南部は(調査ルート図-丸5),比較的傾斜の急な扇状地と段丘から成る。この地区は,倒壊家屋はほとんどみあたらず一部破損した屋根に青いビニールシートをかぶせてある家屋が目立った(写真-5:137k)

(5) 長田区東部丘陵地

 丘陵地を平坦化して住宅地としたこの地区は(調査ルート図-丸6),明治19年測量の旧版地形図によると数多くのため池が存在していた。宅地化にあたっては,これらのため池の埋立と,尾根・谷部の切土・盛土によって平坦化地となっている。
 丘陵地上の被害は,家屋の倒壊はあまりみられないものの,崖崩れや擁壁の膨らみ,建物が数10cm傾くなどかなり危険なものが多数みられた。さらに,大型マンションの層崩壊・損壊がみられ,三宮駅南部地区と同様に非常に大きな力が加わったことが推察された(写真-6:153k)

(6) 西宮・芦屋地区

 山麓部に低位段丘が,さらに広範囲に扇状地が発達し,各河川沿いには天井川が発達している。これらの地形が海岸線近くまで分布し,その前面に低地が狭長に分布する地区である(調査ルート図-丸7)。この地区では,緩扇状地や低位段丘の端部及び浅い谷で家屋の倒壊が多く,低地では埋設物の抜け上がりが多いが倒壊は老朽家屋に限られていた。

(7) 宝塚地区

 宝塚市では,有馬-高槻構造線(調査ルート図-丸8)に沿った段丘の縁辺部に家屋の倒壊や斜面被害が多く,また中部地区では,段丘崖や段丘上の浅い谷で被害が大きい。特に浅い谷では,盛土部における家屋の倒壊が顕著である(写真-7:92k)

5.被害分布と土地条件

口絵-2の地形分類図上に建物被害の集中地域を示した。地形分類図からは被害分布全般の特徴として次のことが言える。

(1)被害区域は,主に六甲山地南側山麓の緩扇状地沿いに直線的かつ帯状に分布している。
(2)山地側の急な扇状地や丘陵地,海岸付近の低地や埋め立て地では相対的に建物被害が少ない。
 また,現地調査の結果から地形と被害分布との関わりを詳細に見ると次のことが言える。
(1)阪神地区全般では,緩扇状地や低位段丘の端部及び浅い谷で建物の倒壊が多い。
(2)神戸市三宮周辺では,地形に関わらず被害が集中している。
(3)低地では,埋設物の抜け上がりが多いが倒壊は老朽家屋に限られる。
(4)天井川沿いの微高地,山麓の急傾斜の扇状地では被害が比較的少ない。阪神高速道路神戸線高架橋の倒壊は緩扇状地の末端部で,倒壊区間は天井川沿いの微高地との境界で終わっている。
(5)丘陵地では,家屋の倒壊は少ないが,ため池の埋立や切土・盛土によって宅地化された平坦化地での被害が多くみられる。
(6)六甲山麓付近では,既知の活断層に沿った断層崖起源の急斜面で,重力性の地表変動による被害または,2次災害の危険性があるところがみられた。
(7)埋め立て地では,六甲アイランドの一部を除き,ほぼ全面的に液状化が生じている。護岸や岸壁では,液状化した埋土に押されて海側への移動や張り出しが生じ,港湾施設等の被害を増幅している。
(8)宝塚市では,有馬ー高槻構造線に沿った段丘の縁辺部に建物倒壊や斜面被害が多

6.旧版地形図からみた被害分布

6-1 基図の作成

 今回の被災地域は,たまたま,明治時代初期に陸地測量部が作成した,京阪地方仮製2万分1地形図(以下,仮製図と略記する。)がカバーしている範囲であった。そのため,基図として仮製図を以下のような処理を施して使用した。仮製図は正規の三角測量の成果に基づいたものではないが,図根測量を実施した実測図であり,近代的な測量成果に基づいて作成されている(測量・地図百年史編集委員会編(1970))。これは,現在利用可能な比較的大縮尺の地形図としては最も古いものであり,国土地理院地図管理部地図資料課(平成7年3月現在。同年4月以後は組織換えのため企画部情報管理課に移行。)に保管されている。
 利用した仮製図の名称とその作成年は図-2(43k)の通りである。
 これらの仮製図に以下の作業を施したものを基図とした。


 

 1)海岸部の埋め立て地を現況に合わせて記入。
 2)現在の主要な道路・鉄道を記入。

 

 1)については,災害現況図の基図でもある,国土地理院の1万分の1地形図を縮小した図より海岸線を補入した。2)については,道路に関しては国道2号,同28号,同171号,阪神高速3号神戸線,第二神明道路を,また鉄道に関してはJR山陽新幹線,JR東海道本線・山陽本線,阪急電鉄神戸本線・今津線,阪神電鉄本線,山陽電鉄,及び各線の主要な駅の位置を明示した。
 なお,仮製図では水田が3区分されており(ただし,今回の作業範囲においては2区分のみの出現),水田の種類によって地盤の状況が推測できることから,陸田(冬季に水が涸れるもの)を黄色,水田(四季を通じて水が張られているもの)を黄緑色,また,その他にため池を水色,埋め立て地を淡橙色で着色した。

6-2 災害現況図との重ね合わせ

 2万分の1に縮小した災害現況図から被害状況を示す以下の6項目のみをマイラーに記入し,それを前節で述べた基図に重ね合わせた。
 被害状況を示す項目は以下の通りである。


 

 1)家屋・建物の倒壊及び大きな破損
 2)火災
 3)道路・高速道路・鉄道の破損
 4)斜面崩壊・地すべり
 5)地盤の液状化
 6)海岸堤防の破損

 以下,この重ね合わせ作業により見いだされた点をいくつか列挙する。(口絵-3,4:221k)

6-2-1 建物の倒壊に関して

 一般的な傾向として,かつての水田(仮製図でいう陸田も含む。)に立地した建物の倒壊が顕著である。それに対し,明治期から存在する海岸沿いの神戸や西宮のような大きな集落では,一部に例外はあるものの,倒壊の集中した箇所は特に見られない。
 今回作成した図の範囲は,倒壊の分布が特徴的な3つの地域に大きく分けることができる。
 第1に図の西側の須磨から神戸中心部にかけての地域である。このエリアでは倒壊域が六甲山地に沿って接するように並んでいる。JR山陽本線新長田駅付近では海寄りの平地部にまとまった倒壊地区がみられるが,ここを除けばほとんど山寄りの平坦化地部に分布する。
 第2に図の中央部の灘から芦屋にかけての地域である。ここでは第1の地域のような山地と平地の境に沿った倒壊域は明瞭には認められず,倒壊域は山地と扇状地の境界から数百メートル離れた緩傾斜地部にほぼ均等に分布している。
 第3の地域は図の東側の西宮周辺である。ここは六甲山地の東側に位置し,武庫川に沿った低地が発達している地域である。この地域での倒壊域は武庫川右岸のやや内陸側に点在し,所々で倒壊が集中している箇所も見られる。例えば,西宮市の旧高木村付近は明治期にも集落が形成されていたが,ここは倒壊が集中している。
 なお,一般に地盤が軟弱とされる埋め立て地では顕著な倒壊は認められない。その理由として,神戸近辺の埋め立て地では高層住宅,工場,コンテナヤードといった大規模な建築物が多く,これらの建物を造る際は基礎を支持層に定着させる等の工法を採用しているため,建築物自体の倒壊には至らなかったことが考えられる。

6-2-2 道路・鉄道の破損に関して

 道路・鉄道の破損の分布を基図に重ね合わせてみると,建物の倒壊と同様,かつての水田地域もしくはその縁辺部で発生していることがわかる。例えば,神戸市東灘区深江南町で阪神高速3号神戸線が 635メートルにわたって倒壊した箇所は,かつては冬季も水を張っていた水田であったことから,もともと軟弱地盤であったことが読み取れる。同箇所の倒壊の原因はピルツ方式の橋脚の採用といった工法の点のみならず,地形学的には緩扇状地末端部の後背湿地にあたるといった土地条件の面からの解明も必要とされよう。また,同様の土地条件を有する,六甲山から南下する芦屋川,住吉川,石屋川等の中小河川に近接した箇所で道路橋・鉄道橋が破損しているのも目立つ。
 なお,埋め立て地においても道路・鉄道の被害が生じている。

6-2-3 地盤の液状化に関して

 地盤の液状化は埋め立て地の極めて広い範囲で発生しているが,すべての埋め立て地で発生しているわけではない。特に液状化が認められない埋め立て地も存在するが,その理由についてはこの作業からは判明しなかった。埋め立て地以外では,阪神電鉄本線より南側の武庫川の河口付近で小規模な液状化の発生箇所が点々と認められる。この地域はかつては常時水の張られた水田で,地形学的には三角州であったことが旧版地形図から読み取れる。
 さらに,西宮市内の内陸部1箇所で液状化が発生しているが,ここはかつてため池であったことがこの重ね合わせ作業で判明した。
 以上,旧版地形図と災害現況図の重ね合わせにより読み取れることを述べた。基図に旧版地形図を利用することは,1)都市化以前の地形や土地利用状況が容易に分かること 2)特に専門的知識を有しない人でも直感的に土地の特性が把握しやすいこと 3)比較的入手しやすいこと 等の利点がある。今回災害のような場合,土地の特性や過去の土地利用状況を迅速に把握する資料として,旧版地形図は有効であると言えよう。

7.おわりに

 先にも述べたとおり,兵庫県南部地震の被害は,戦後最大の地震被害となり,直下型地震のすさまじさをあらためて思い知らされる結果となった。国土地理院では組織を上げて災害対策に係る各種業務をおこなってきたが,引き続き復旧対策等の業務遂行にあたっている。
 最後に,緊急地理調査の実施にあたり,京都大学理学部岡田篤正教授,同戸田 茂院生,同和賀俊治院生,専修大学文学部太田陽子教授,土木研究所地質研究室脇坂安彦主任研究員,同佐々木靖人研究員,近畿測量専門学校鈴木美和子教授には調査にご協力を頂き心より厚く御礼を申し上げる。阪神地区における国土地理院災害地理調査班は,国土地理院本院及び地方測量部から宇根 寛,江川研二,大谷知生,小原 昇,熊木洋太,関口民雄,関口辰夫,瀬倉差市,田中宏明,津澤正晴,原口和政,福島康博が携わった。

参 考 文 献

建設省国土地理院(1966)土地条件調査報告書(京都・播磨地域)
測量・地図百年史編集委員会編(1970):「測量・地図百年史」建設省国土地理院673P.

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