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一等三角点を散歩する

「一等三角点を散歩する」

画像:一等三角網図(部分)

一等三角網図(部分)


はじめに

日本の近代測量の基本となった三角測量は、工部省測量司が明治4年にイギリス人 マクヴインの指導のもとで、東京府下に13点の三角点を設置したことに始まります。その後、明治8、9年には、開拓使が米人ワッソン、デイの指導により、北海道の南部と中央地域を中心に約50点の観測を実施しました。ついで、明治7年内務省地理寮が、前記測量司の仕事を引き継ぎ、明治8年に関八州大三角測量として測量を開始し、その後全国測量と改称して全国の国境の測量を始めました。
明治15年には、この三角点の選点 100点が終了し、明治17年からは陸軍参謀本部測量局がこの測量を引き継ぎ、いよいよ全国的な三角測量が始まりました。参謀本部では、8年間のドイツ留学から帰朝した(明治15年)田坂虎之助が現在の測量作業規程に当たる「三角測量説約」を完成させ、本格的な一等三角測量に着手しました。この時点から測量は、フランス式からドイツ式に変更されました。
一等三角測量はこうして実施に移され、大正2年にはひととおりの観測が終了し、一応の完成を見ました。その後、千島や、樺太、台湾といったいわゆる外地の測量が実施され、その後は、地殻変動をとらえる目的も併せ持って、繰り返し測量が実施されて現在に至っています。
それでは、関連した写真や図を見ながら、一等三角点(測量)を訪ねてみましょう。

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